早朝の散歩から帰ってきた恋人の物音で目が覚めた。「メロンパン食べる?」と聞かれ、今日の朝ごはんはメロンパンになった。リニューアルオープンしたコンビニでセールをしていたそう。メロンパンだけでなく、ちょっとお高めのカップラーメンや地元の野菜を調達してきてくれた。

メロンパンを頬張り、満足した私はオンライン授業が始まる時間まで二度寝をした。寝起きでも寝ぼけていても、なんなら寝ていても参加できるオンライン授業ってありがたい。カメラオンが必須ならばそうもいかないが。

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授業を受けていると、おなかが空いた恋人がカップラーメンを食べていた。早めのお昼ごはんだ。私は少しスープを飲ませてもらう。ちょっとお高めだけあって、美味しい。私もお昼休みになったらカップラーメン食べよう。

念願の昼休み、カップラーメンを食べた。カップラーメンだけでは足りなかったので、貰い物のアルファ米を残ったスープに入れた。このアルファ米は非常食として作られているもので、水やお湯で戻して食べる。少し昼寝をして、ラーメンライスを食べる。こってりしたスープとごはんが合う。ギルティとはこのことだろう。

授業が終わった。晩ごはんは何にしようか。とりあえずキュウリを蛇腹に切って、適当な味を付けて漬けた。恋人が買ってきたトマトとトウモロコシがある。トウモロコシを茹でよう。初めてトウモロコシを茹でるので、料理人が監修しているちゃんとしたレシピサイトを見て茹でる。茹でている間にトマトを切った。恋人にリクエストを聞いたところ、特にないそうで、トマトは切っただけになった。キュウリに味付いてるし、トマトはそのままでもいいだろう。トウモロコシが茹で上がり、蒸らして食卓へ。

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こうして蛇腹キュウリ、切っただけのトマト、茹でトウモロコシ、残り物のチャプチェが夕食になった。残り物はさておき、夏らしいラインナップだ。キュウリを蛇腹状に切ると食感が良くて美味しい。旬だからか切っただけのトマトも美味しい。冷えているのもあるだろう。茹でトウモロコシは言わずもがな。上手に茹でられて良かった。

恋人も美味しい、美味しいと食べてくれて一安心。私は美味しい以外に、もう一つ幸せを感じていた。こんな晩ごはんが許されるなんて、なんて幸せなのだろう、と。野菜の価格が高騰しているので、ある意味贅沢な晩ごはんである。という意識はあるものの、こんな晩ごはんは実家では許されない。もっと言えば、晩ごはんに限らず、朝ごはんのメロンパン、昼ごはんのカップラーメンと、今日のお食事ラインナップは、実家基準で考えればもってのほかだ

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もちろん毎日こんな感じのお食事ラインナップではない。比較的、日々自炊をこなしているからこそ、今日のようなお食事を幸せだと感じるのだと思う。身体的な栄養で考えればよろしくない献立ではあるが、心の栄養は十分に摂取できた。

しかし、文句を言わない恋人も立派なもんだと思う。そう伝えると、「いや、俺作ってもらってるし、作れないし」と言われた。そうだよな、用意してもらっているものに文句を付けること自体がナンセンスだよな、と納得した。それと同時にオムライスやパスタですら手抜きとされていた実家の厳しさを思い知る。実家というより、父の厳しさを。

でも大丈夫。ここは実家じゃない、私の家だ。そして男の人はみんながみんな父のような暴君ではない。そう自分に言い聞かせる。実家から意識を自分の家に戻した。実家は過去だ。今ではない。

美味しいお野菜買ってきてくれてありがとうね。今、目の前にいる恋人にそう伝え、今日のごはんは幕を閉じた。ごちそうさまでした。