私が大学へ入学したのは、昭和最後の年。学部では専攻別に研究室があり、4年間を同じ顔ぶれで過ごす。

私の所属する研究室は、定員15名とかなり小規模。その年は13名で、初めての顔合わせでは物足りないようなホッとしたような、不思議な感覚だった。

全員西日本出身で、自己紹介後は会話が弾む。

「どこから来たん?」
「長崎。そっちは?」
「岡山。家はどのへん?」
「○○町」
「近いじゃん。一緒に帰ろう」

なんてカンジでワイワイガヤガヤ。

◎          ◎

そんな中、唯一おとなしい女子がいた。隅の席でうつむき、隣の子が話しかけてもぼそぼそ短く答えるだけ。かなりの長身で浅黒い肌に短い髪。服装も地味で、最初は男子と間違えたくらい。なんか暗そうな子……。それが彼女――K美の第一印象だった。

こうして始まった大学生活。みんなすぐ打ち解けたのに、K美だけは変わらず。必要最低限しか話さず、新入生歓迎イベントも不参加。昼食の誘いも断り、外のベンチでひとり食べている。

「○○(K美の名字)さん、うちらのこと嫌いなんかね」
「目も合わせんし」
「『闇夜の電柱』じゃけえ、ほっとこう」

この「闇夜の電柱」とは、同期の男子が口にした例え。

「あの子暗いのぉ。背が高いけえ、まるで『闇夜の電柱』みたいじゃ」

悪気はないのだが、まさに言い得て妙。夕方ひとりで歩く彼女の後ろ姿には、そのまま闇にのまれてしまいそうな暗さと孤独感が漂っていた。

◎          ◎

そんなある日、私に事件が発生。朝ゴミを出そうとして、うっかりドアノブの鍵部分をプッシュし、閉め出されてしまったのだ。

どうしよう……。よれよれのTシャツ短パンにサンダル履き。時刻は6時台で、合鍵を持つ不動産屋が開くのは10時過ぎ。
とりあえずゴミ袋を収集場へ出し、必死でSOS先を考えた。

Y子ンとこに行くか。いやさすがに早すぎるし……。
そのときだ。向こうからジョギングする人が。慌てて電柱の陰に隠れようとして、相手と目が合った。

「あっ!」

それはなんと、スポーツウェア姿のK美だった。

30分後、私はK美のアパートで紅茶を飲んでいた。
うちから10分足らずの隣町にあり、キレイに片づいた室内にはキティちゃんグッズがいくつも。

「食べて」

K美が運んできたトレーには、トーストと目玉焼きとサラダが二人分。

「ありがとう。けどごめんね、いきなり」

恐縮する私に、K美は首をふってにっこり。勧められるまま彩り豊かなサラダを口に入れ

「わっ、おいしい!」

するとK美が嬉しそうに

「実家から野菜を送ってきたんよ」

初めて耳にした彼女の長いセリフ。驚きつつも嬉しくなった私は、色々聞いてみることに。

◎          ◎

「○○さんは陸上してたん?」
「うん。高校1年で辞めたけど……」と、ポツポツ自分のことを語り始めたK美。陸上部でいじめに遭い、半年ほど不登校の時期があったらしい。

「私、背が高すぎるし暗いし口下手でしょ。研究室でも浮いてるし……」
「そんなことないよ。走りよる○○さん、いやK美ちゃんカッコよかったし、こんな楽しい人って初めて知った」
「ほんと?」
「うん。ね、よければ今日一緒にランチせん?」
「いいの?」
「モチロン!」

その後無事に合鍵を手に入れた私。大学の食堂でK美にランチをおごり、一緒に授業へ。仲間たちは目を丸くしたが、朝の一件を話すとみな笑顔になった。

◎          ◎

その後K美はすっかり研究室になじみ、学部祭の研究室対抗創作劇でプリンス役を演じたり、女子チームで参加した大学の駅伝大会で見事な走りをみせたりと大活躍。一学年上の先輩と付き合い始め、なんと大型バイクの免許まで取得した。
長い髪をたなびかせ、颯爽とバイクを走らせる長身の彼女はカッコよく、キャンパスでも目立つ存在に。もはや「闇夜の電柱」ではなくなった。

コンプレックスをアドバンテージに変えたK美。三児の母でいまや孫までいるが、そんな友を誇りに思っている。