「かわい子ぶりっこぉー」
ぶりっ子はしてない。
「アニメ声だしてんじゃねーよ」
地声だ、地声。

この声のせいで、苦労をずいぶんしてきた。
私の声は、いわゆるアニメ声なのだそう。子どもの時はもっと声が高かった。そのせいで「キンキン声」とからかわれた。

◎          ◎

クラスでも「皆さん、静かにしてください」と司会をすれば、女の先生から「あなたの声の方がうるさいわよ」と言われ笑われた。
わざと低い声を出そうとした時期もあったが、聞き手からすると大した差はなかったらしい。
バイト先では「上司にもお客さんにも媚びるのうまいねー。その声だもんね、みんな騙されちゃうよね」的な事をよく言われた。

今思えば同僚の子のやっかみなのだろうけど、本人にもどうしようもないものを、どう改善しろというのだ、とずいぶん考えたものだ。
長いこと自分の声が苦手だったけれども、それを一変させる出来事が起きた。

◎          ◎

大学3年生の時、教職課程の一環で目の不自由な方々の作業所に通い、1週間ほどお世話になった。皆と一緒にご飯を頂いたり、お仕事をしたり、歩行の付き添いをさせて貰った。
最初は抵抗があったけれども、3日目から楽しくなってきて、隙間時間を使って皆と良くおしゃべりをするようになった。

その時にある女性にこう言われた。「私達、目が見えないでしょ?その代わりね、物凄く耳が鋭いのよ」

すると別の男性も「そうそう、だから相手がどんな人間かなんてすぐ分かるよ」と相槌を打った。

私はビックリして「どういうことですか」と聞いた。皆さんのお話をじっくり総合すると「声に人格が宿る。声は嘘をつかない」ということらしい。
目に見える笑顔に騙される事があっても、目に見えない心は、声の響きになって表れると言うのだ。
だから作業所の人々は、一緒に会話をする学生に対して「本当は嫌なんだな」「あ、この子は私達を見下しているな」と鋭く見抜いている事を教えてくれた。

「それに対してあなたの声は……」ドキッとした。何を言われるんだろう。

「裏表がないねえ」ポソっと言われた。

「えっ」皆ニコニコしている。

「自分に正直だねえ」
「腹に一物溜め込めないだろう」
「やだ、素直、って言ってあげなさいよ!」

女性が男性の肩に、正確にパンチを1発入れていた。

「そうなんですか?私、この声のせいで、ぶりっ子だとか言われて散々なんですけど……」必死に訴えたら手を振って笑われた。

「今まで聴いてきた中でもダントツで、良い声だよ、ねえ?」
「死ななそうな声をしてる」
「やだ、生命力のある声、って言ってあげなさいよ!」

二度目の正拳突きが決まった。

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あれから20年、みんな元気にしてるかなあ。そんな日々を思い出していたら、家電が鳴った。ほとんどが詐欺や勧誘だけど、たまに「電話に出て良かった」と思える用件もあるので出るようにしている。
受話器を取った。

「……もしもし」
「もっ……、もしもし!?」
「……はい?」
「あっ……あの、えっとですね、その……お父さんかお母さんはいますか?」
「……おとーさんは、おしごとでえー。おかーさんはいま、おかいものに、いってまぁーす」
「あぁ、そうなのね……1人でお留守番?えらいねえ(本当の心から賛嘆している声)。おばちゃんが言うのも変だけど、かかってきた電話に、おうちの人がいないことを、あんまり言っちゃいけないよー。留守電にしとけば良いんだよー」
「はい。教えてくれて、ありがとうございます!!(おばちゃん、めっちゃ良い人ありがとう)」

がちゃん。

後ろを振り返ると子ども達が呆然と立っている。私は笑顔で子ども達に告げた。

「みかんの勧誘のおばちゃんに、1人でお留守番して偉いって誉めて貰っちゃったー!!」

子ども達はドン引きしながらも答えてくれた。

「よ……よかったね」
「うん、その声のおかげだね」