他人の幸せは、その人の幸せであり、わたしの幸せではない。
誰かにとっての理想や素敵な相手も、わたしにとってはそうとは限らない。

ただ適齢期になっても、友人たちのように「結婚」「出産」について、わたしにはそのようなことが起こらないことには、やはりかなり悩んだ。
職場では我慢していても、下を向くと重力だけで涙が出てくる時期があった。

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それをなんとか堪え「お疲れさまでした」と、職場のドアをバタンッ!と閉める、その拍子にひとつ気持ちが緩んで涙腺から何かがおし寄せる、こらえる。
そして次に電車に乗り、車両の扉がバタンッ!と閉まる、またひとつほっとして、さっきよりさらに押し寄せるものがあり、さらにぐっとこらえる。
そして家に着いて玄関のドアを開け、バタンッ!と閉めると、さらに強く押し寄せるが、ギリギリで耐える。

それを家族には悟られまいと、込み上げるものをさらに押さえ込んで声をふり絞り「ただいま...」とかろうじて言う。
自分の部屋に入りドアをバタンッ!と閉め、最後の支えが崩れ去るように机に突っ伏す。
そして声を殺し泣いていた時期があった。

結婚している、彼氏がいる、それが他人には特別なことではないはずが、自分にとってはとても特別なことであり、そういう経緯に至る方法がさっぱりわからなかった。

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マイペースな性格もあったのか必死にはならなかったが、イベントなどにも参加したり、誘われるイベントにも参加していたが、何も起こらない。
今考えても、この人よかったのになぁ、と後悔する人にも出会えていなかったと思う。
見合いをしても、また会いたいと思える人はいなかった。逆に断られてホッとすることもあった。

なので自分の判断を疑ったときもあり2度目につなげても、それはただしんどいだけだった。妥協がよい方向に転ぶなんて思えなかったし、見せかけの幸せを手に入れることが心からの幸せだとも思えなかった。幸せは、競争するものではない。

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その年齢なりの体力のある時期に出産した方がいいという「適齢期」がある。
「結婚」「出産」について、この「適齢期」という言葉が、多くの女性に望まない焦りとコンプレックスを与えている。わたしにとってもそうだった。

「適齢期」の年齢で誰かと比較して、その人よりは誠実に生きているはずなのに、と思うと、なぜ自分だけ…というそんな思いが込み上がったりした。結局、結婚に、本人の性格や心掛けがいい、悪いなんて関係ないのだ。これはご縁なのだ。

その人が適齢期のちょうどいい時期に結婚、そして出産と順調に人生を送っていることに対しては、確実に羨ましい気持ちはあった。しかし、それはその順調さに対してであり、ひがみなどではなく、その中身を羨ましいとは思っていなかった。
これは考え方だと思う。

「自分の人生を誰かと交換したいとは思わない」。
これは結婚に至らないわたしを心配していた、会社の同期や知人などに何度か言ってきた言葉だ。

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適齢期という時期を過ぎてからだろうか、自分の状況を受け入れて生きられるようになった。

例えば20代の10年、30代の10年は、みなが平等に時間を過ごしている。
結婚している人は家族に時間を費やしているが、独身でもその時間に何もしていないわけではない。

生まれた時代の背景や考え方に差があるとしても、すべての人が、必ず何らかの思いを持ち「適齢期」を通過している。そして、人にはそれぞれの価値観があるように、幸せの感じ方も違うということだ。

ある職場で、とても魅力的な50代の女性部長がいた。
小柄でいつも明るい、くりくりした目が女性から見ても愛らしく、そして尊敬するような学歴もあるハンサムウーマン。歩く姿勢も、行動する姿も凛々しい、同じ女性として存在が頼もしく、心から尊敬していた。

朝出勤してタイムカードを押す場所から、その部長室の空いたドアからパソコンを打っている姿が見えると、自然とこちらまで心が上向きになった。

あるよく晴れた日、その女性と職場の敷地内の庭で偶然に、ほんの少しだけ一緒に歩いたことがあった。

その女性は周辺の木々を見上げながらこう言った。
「わたしね、木々の緑の葉っぱが重なって、透けた葉っぱの隙間から、太陽の光がキラキラしているのを見ると、ああ幸せだなぁーって思うの!」とおっしゃった。
見上げるとまさにその光景があり、素敵な表情をされていた。
わたしにも近い感覚があり、うれしくなった。「わたしは水道の冷たい水を出しながら、手を洗うときに幸せ感じます!」と話した。これは震災を経験した時からだった。

こういう何かを超えて、ちょっとしたことに幸せを感じることができたところから、また別の人生が静かに始まる気がするのだ。