軽度の言語障害を持つ友人が教えてくれた「受け取ろうとする姿勢」の大切さ

2025年4月。 大阪万博が開幕し、私は会場内のインフォメーションスタッフとして働き始めた。 世界中から集まる人々の対応に追われる日々の中で、私の心のどこかには、ずっとあるひとりの友人の存在があった。
その人の名前は、カナ。
高校時代からの親友で、私にとってとても大切な存在だ。
カナは高校卒業後、事故に遭い、脳に軽い損傷を負った。
命に別状はなかったけれど、後遺症として軽度の言語障害が残った。
彼女は、自分の思っていることをスムーズに話すのが少しだけ難しくなった。
それでも、彼女は変わらなかった。
前と同じように冗談を言い、私を笑わせてくれたし、「また旅行に行こうね」と変わらず未来の話もしてくれた。
でも、外では事情が違った。一緒にカフェに入ったとき、注文を少し詰まりながら伝えたカナに対して、店員が不機嫌そうに聞き返した。
公共施設の窓口で説明がうまくいかなかったとき、「もっとちゃんと話してもらえますか?」と冷たく言われたこともある。
カナは苦笑いしながら「大丈夫だよ」と言う。
でも、帰り道でぽつりとつぶやいた。
「私、ちゃんと考えてるのに…うまく出てこないだけで、変に見られるのって、しんどいね」
その言葉が、ずっと心に残っている。
「伝えられない」とき、人はとたんに社会の中で立場や安心感を失ってしまう。
どれだけ豊かな感情を持っていても、どれだけ優しい思いや知識があっても、それを言葉にできなければ、「分からない人」になってしまう。
だから私は、仕事を選んだ。 万博という、多様性や共生社会をテーマに掲げる場所で働きながら、 「言葉に頼らないコミュニケーション」や「伝え合うとは何か」を、現場で見つめ直したいと思った。
ある日、私はとあるパビリオンの案内に入った。
そこでは、非言語コミュニケーションを体験できる展示があった。
来場者は声を出さずに、ジェスチャーやイラスト、筆談だけで相手に気持ちを伝えるというものだ。
その中に、幼い女の子とお母さんが参加していた。
女の子は発話が難しいようで、お母さんがサポートしていたけれど、本人は自分の絵を使って一生懸命何かを伝えようとしていた。
「たのしい」「うれしい」
彼女の描いたカラフルなイラストから、その気持ちはまっすぐに伝わってきた。
私は思わず笑って「すごく伝わってるよ」と言った。
その瞬間、彼女の目がぱっと明るくなった。
胸が熱くなった。
きっと、カナもこんなふうに「伝わる」経験を、もっとできたら、もっと笑顔でいられたんじゃないか。
そう思った。
私は変わっていない。 特別な力があるわけでもない。 でも、カナと過ごしてきた時間が、私の「見る目」を変えてくれた。 「話すこと」ばかりが重要視される社会で、「受け取ろうとする姿勢」がいかに大切かを教えてくれた。
勤務の帰り道、私は久しぶりにカナにメッセージを送った。
「今日ね、言葉じゃなくて絵で伝える女の子に会ったよ。カナを思い出した。すごく素敵だった」
しばらくして、カナから返信が来た。
「わたしも、絵なら得意かも。いつか展示会とか出してみようかな(笑)」
彼女らしい、前向きな言葉だった。
私は思う。カナががんばらなくてもいい社会にしたい。 「ちゃんと話せること」だけが正しさではなく、「ちゃんと聞こうとする人」がいる社会を広げたい。 それが、変わらない私にできる、社会への小さな挑戦だ。
あるとき、同僚にこう言われた。
「○○さんって、やりとりのとき、なんかすごく丁寧だよね。相手の間とか、表情とか、ちゃんと見てるって感じ」
私は笑って答えた。
「高校の親友が、言葉がうまく出ない人で、話せなくても、気持ちはすごく伝わってくるって、教えてもらったんです」
私にとって、それは特別なことではない。 ただ、変わらずそばにいた人から教わったことを、変わらずに持ち続けているだけだ。
「私は変わらない」 でも、その私の中にある経験が、接客の現場で、展示の場で、来場者との対話の中で、静かに社会を揺らしている気がする。
言葉にするのは、勇気がいる。 誰かを傷つけてしまうかもしれないし、自分が拒まれるかもしれない。 でも、言葉にしなければ、伝わらない。 そして、伝わらなければ、社会は変わらない。
私は、これからも語っていきたい。
話すのが苦手な人の分まで、彼らが見ている世界や感じていることを、伝えられる人間でありたい。
私は変わらない。
だけど、私の見る景色が、誰かの視野を少しだけ広げることができるのなら、その積み重ねが、きっと社会を変える力になると信じている。
かがみよかがみは「私は変わらない、社会を変える」をコンセプトにしたエッセイ投稿メディアです。
「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
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