身長168.5cm、19歳、大学1年生。いや、身体測定の時は、出来る限り首をすぼめて測っているから、実際は170cmあったりして。いわゆる“高身長女子”な私である。

高身長に悩みながら思春期を過ごしたが、高校入学と同時に訪れた転機

そんな自分が大嫌いだった小学生時代。小学校6年生にして165cmあった私は、周りより頭1つ…いや2つくらい抜きん出ていた。組体操ではいつも1番下。上に乗る女子は、みんな小さくて可愛い。あーあ、身長が低かったらな。そう思って校庭の砂を踏んだのでした。

中学校の入学式「背高いから父兄の1人かと思ったー!」と、笑顔で言ったAちゃんは148cm。悪気はきっとないんだと自分に言い聞かせても、ヒリヒリ痛む12歳の私の心。背の順で撮った入学写真の中、1番端っこにいるせいか引き伸ばされて、横に伸びてしまった私が笑っている。

高身長に悩む思春期の日々を過ごしてきた私に、高校入学と同時に彼氏ができた。のちの3年間、高校時代のすべての時間付き合うことになる大好きな人だ。彼は身長の高さを嘆く私に、いつも「すらっとしてて良いじゃん」と言った。

「そうかなぁ」と言いつつも、私は彼のその言葉が好きだった。彼の言葉に気を良くして、そのまま3年間、身長をからかわれても「まあ、彼はそこを好きでいてくれてるし、いっか」とポジティブシンキングで過ごした。

彼と疎遠になり、気分が沈んでしまった私に高揚感をくれた「ヒール」

大学に入学し、東京に上京してきた私は、大好きな彼とは遠距離になった。ご時世柄全く会えなくなり、なんやかんやで疎遠になってしまった。恋はタイミングとはよく聞くけど、こんなにタイミング悪いことあるんだ…と、19歳になりたての私の心は酷く沈んでしまった。

一通り沈み疲れたところで、私は買い物に出かけた。ヒールの高い靴を一足、買うために出かけたのだ。その靴を履いて、東京の街を歩いた時の高揚感たるや! さながら物語の主人公のような、はたまたどこかの国のお姫様のような、そんな気持ちで歩き出す私。自分の心に言い聞かせる。
「身長高くても良いじゃん。魅力的じゃん。超楽しいじゃん。大丈夫」

もう隣には、私の身長を肯定してくれる人はいないのだから、自分が自分を認めてあげなくちゃ。私の心は私を必死で褒める。

「ほら、身長高いと、脚も長く見えるし、スタイル良い感じするし、着こなせるお洋服も多いし……あとは、そうだな、和服とか似合うし!」

しかし、いつのまにかついてしまった猫背の癖が、私に囁きかけるのだ。「本当は、小さな女の子が羨ましいんだろ? 妬んで強がってるだけだろ?」と。

ええ、ええ、その通りですよ。結局羨ましいですよ。少しでも小さく見られたくて、猫背の癖もついたし、身体測定では首をすぼめた。可愛くなりたいと願う私に、この身長は執拗にシフトチェンジを強いるのである。“きれい系”や”かっこいい系”にしておけよ、と。

高身長でヒールの高い靴を履いていたって「可愛い」になりたい!

しかし、しかしだ。私はめげない。たとえ清少納言が「何でもかんでも小さい者って可愛らしいわよね」と言っていても。道行く女の人がみんな自分より小さくて可愛くても。高身長でヒールの高い靴を履いていたって、"可愛い”になりたい。
 
その思いを明日も抱いていくんだとそう決めたのだ。力強く踏みしめる私の一歩。うん、なかなか良い感じ。

数日後、玄関には使い古されたぺたんこ靴と、ピカピカのヒールがあった。あんなに力強く一歩を踏み出したのに、結局男の人より背が低い自分でありたい気持ちも、ちょっぴりある。一人で出かける時以外はヒールは眠っているけれど、本心からそれでいいかと思える。

ぺたんこ靴で"女の子”になる私も、ヒールを履いて"女の子”になる私も、両方好きだ。どんな身長でも、女の子は可愛くなれるなぁとタレントさんを見て、周りの友達を見て、思えたのだ。

私は丸まっていた背中をゆっくり大きく伸ばした。そして、背が低くて悩んでいる人も、普通過ぎて悩んでいる人も、高すぎて悩んでいる人も「元気出していこ、おしゃれ楽しもう」と、身長に悩む同胞たちに心の中で呼びかけて、今日も出かけていくのだ。