私はとてつもなく恋愛に臆病な女で、うっかり特定の誰かへのときめきを自覚してしまった日には、いかに好意を隠すかに必死になる。アプローチなんてとてもじゃないができやしない。そんな私が告白を決意したのは、繰り返してきた自分の胸中だけで完結させる片思いの形を終わらせたかったからだ。

繰り返してきた「傍観者ポジション」での恋

今までの私の恋愛(と呼べるのかどうか定かではない、心のうちに秘めてきた恋)といえば、相手に彼女ができて人知れず泣き寝入りするところまでがワンセット。そもそも付き合うためにアプローチする気がないので失恋しても「諦める」という概念はなく、時間の経過とともに少しずつ気が楽になるのをひたすら耐えて待つ。そんな傍観者ポジションでの恋を繰り返してきた。

大学生になり初めてできた彼氏には、私がひた隠しにしてきたつもりでいた恋心が悟られていた上で、向こうから交際を提案された。私に直接向けられた言葉でこそなかったが「自分のことを好きな人のことはそれまで興味がなくても好きになれる」と彼は言っていて、恋心は相手にばれている方が得をすることもあるのだと知った。この彼との約半年間の交際を経ても尚、私は恋愛に消極的だが、一度でも好きな人の「彼女」という特別ポジションに居座ることのできた経験は、女として生きていく上での心の拠り所である。その一方で、悦びを知ってしまったがゆえに傍観者では満足できなくなったようにも思える。

「相方だからね」の言葉で維持できた関係

その後私が片思いしていたのは音楽系サークルの友人で、彼と私はアコースティックデュオを組んでいた。時々小耳に挟む艶な噂も笑ってスルーできていたのは、すでに私が彼の「相方」という恋愛とは別ベクトルでの特別ポジションに属していたからだ。泣き上戸な私が飲み会で酔っ払うときまって彼が慰めにくること、定期的に周りから「2人は何もないの?」と聞かれること、それらを全て「相方だからね」のひとことで片付けられる関係は正直かなり居心地が良かった。彼が私に気がないとわかっているからこそこのままが都合よく、何より好きな音楽を好きな人と2人で奏でることがたまらなく楽しくて、この関係は絶対に崩すまいと思っていた。

しかし、刻一刻と時は過ぎ、大学生活も終盤。日常は呆気なく終わりを迎えようとしていた。このまま何も伝えずに卒業すればすべては「いい思い出」になるだろう。されど、誰にも気づかれないようにと心の中で蓋をし続けた彼への思いはお酒と涙と重ねた歌声でドロッドロに煮詰まって今にも噴きこぼれそうだった。もう泣き寝入りはしたくない。どうせいつか失恋するのなら自分が決めたタイミングで失恋しよう。こうして私の告白計画、即ち失恋計画は始まった。

失恋計画いざ実行。涙が出るかと思ったら

2月中旬に開催された卒業ライブ最終日の打ち上げ、春休みに会えるようにとわざと彼の部屋にイヤリングを忘れて帰宅した。「相方としての感謝を伝えるための」プレゼントと手紙も用意した。決意が揺らがないように周りで一番モテる友達にだけ相談して背中を押してもらった。それでも勇気が出ず、シミュレーションばかり繰り返していたらあっという間に卒業式一週間前。玄関で用が完結しないようにと「美味しいパン買っていくから部屋で一緒に食べよう」と連絡した。口実に口実を重ね、ついつい重くなりすぎた買い物袋を手に私はやっと戦地へと赴いた。

しかし、やはり何も言えぬまま、時計の針は深夜0時を回ろうとしていた。計画通りに事が進まないこと自体、想定内だったにしろ、誰が告白のために8時間も費やそうか。パンを食べて、ドラマを見て、漫画を読んで、手紙を渡して、またパンを食べて。会話はぎこちなくなり、ついにやることも尽きてしまった。不自然に部屋に居座り続ける私の目的を暗に察しながらも、何も言わずに待ち続ける彼。よくできた相方だ。私は意を決して話を切り出した。

絞り出した声はか細く、ギターの一弦のように小刻みに震えていた。私はもう何が何だか分からなくなってぎこちなく言葉を並べたてた。不恰好でもパッションで乗り切ろうとする様は、まるで新入部員の初ライブ。一ヶ月間のシミュレーションが水の泡だ。言い終えて顔を上げると、今までに見たことのないような神妙な面持ちの彼がいた。永遠にも思えた数分間の沈黙のあと、真っ直ぐにこちらを見た彼は、一言一言、言葉を選ぶようにしながら返事をくれた。私の気持ちに彼が向き合ってくれたことへの嬉しさからか、極度の緊張から解放された安心感からか、はたまた心の痛みを麻痺させて自分を守るためか、計画通り失恋した私は、家に帰っても、翌朝目が覚めても、口角がクイッと上がった状態のまま戻らなくなった。

自分で選んだ恋の終わり。未練を残さず次のステージへ

告白しても思った以上に何も変わらなかった。卒業式後の飲み会、泣きじゃくる私だけに聞こえる声で「ずっと友達だからね」と囁く彼は平常運転。それでさらに号泣する私、「やっぱり他の人の手には負えないね」と笑う周りまで、悔しいくらいにいつも通りだ。
もう大人なのに段階を踏まずに告白するなんて告白テロも同然、独りよがりで相手は迷惑だったかも、と思い悩んで眠れなくなる夜もある。けれど、その答えは彼しか知らない。思わせぶりな言動にまんまと振り回される私は愚かな女だろうか、と自分を貶めたくなる夜もある。けれど、その答えを決めるのは私自身だ。

自分で選んだ恋の終わりは未練を残さず次のステージへと私を奮い立たせた。「告白してよかったか」と聞かれたら、よかったと答えたい。彼から直接もらった言葉と、気持ちは違えど確かに共有していた思い出を抱きしめて、私は大学生活と独りよがりな片思いに別れを告げる。