上野千鶴子さん「マスターベーションはセックスの基本のき」
【07】上野千鶴子さん×かがみすと「マスターベーションについて」
かがみよかがみでは、「5年後の女の子たちへ」をテーマにエッセイを募集しました。投稿していただいた方のなかから、20代のライター・翻訳家・大学生の4人のかがみすとが社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子さんとの座談会へ。日々感じるモヤモヤを、日本のフェミニズムの第一人者である上野先生へぶつける時間となりました。
かがみよかがみでは、「5年後の女の子たちへ」をテーマにエッセイを募集しました。投稿していただいた方のなかから、20代のライター・翻訳家・大学生の4人のかがみすとが社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子さんとの座談会へ。日々感じるモヤモヤを、日本のフェミニズムの第一人者である上野先生へぶつける時間となりました。
滝薫さん(以下薫): 私はセックスについてオープンに話せるタイプなのですが、日本の女性はまだまだ性欲をタブー視する傾向が根強くあると思います。上野さんは、「セックスの基本は、欲望の主体になること」と仰っていましたが、女性が欲望の主体になるには、どのような社会的な条件が必要だと思いますか?
上野千鶴子さん(以下上野):社会的な条件、なんてないよ。「何に萌えるか」っていう欲望のあり方は社会的につくられるけど、性欲自体は自分の身体から生まれてくるもの。「自分には性欲がある」と認識することが、欲望の主体になるってこと。「お腹がすいた」ってことと同様に、「セックスしたい」という欲望が自分にあるってことを自覚する。欲望の主体になって、自分自身で身体をちゃんと開発したらいい。だからまずマスターベーションが必要なの。
あなたたちマスターベーションはするの?
Ruru Rurikoさん(以下Ruriko):兄がいたので幼い頃から性的な漫画とか身近にありました。すでに幼稚園くらいで、色々妄想してた記憶があります。
薫:食にグルメな人がいるみたいに、私は性欲に対する探求心がめちゃくちゃ強いんだと思います。
上野:他人より性欲が強いかどうかは測れないものだから、あなたは学習意欲が高かったのね。あなたたちも私も、元は処女。OJTで学んできて、経験値が違うだけ。さっきあなたがグルメに例えたけど、フォアグラみたいに一見少しきもちわるいものを美味しいと思うまでにだいぶ時間がかかるじゃない。それと同じでさ、最初から快感の質は高いわけじゃないんだよね。未開発の身体よりも、フォアグラの味が分かる、開発された身体の方が豊かじゃない?
ほかの2人はどうなの?マスターベーションするの?性欲ある?
みのり:どちらにしてもあまり話したくないし、記事には書かないでほしいんですけど...。
沙波:私も話したくないです…。
上野:ちょっと待って、「書かないでほしい」って思うのはどうしてなの?「女の子に性欲がある」ってことは公にできないことなの?そういうの聞くとね、なんでリブから半世紀も経って女はこんなに抑圧されたままなのって茫然とする。私たちの時代から何も変わってないじゃないって思うのよね。自分に性欲があることを女が認められないなんて、何が現代のフェミニズムよ、冗談じゃない(笑)。
上野:昔の日本には、自分の身体について一生学習しなかったおばあさんたちが、山のようにいたのよ。1980年代に、女性保健師の大工原秀子さんが、当時すでに高齢だった女性たちに対してアンケート調査をしたの。彼女のレポートを読んで私は胸が痛くなった。
「あなたにとってセックスとは?」という質問に対して、その当時のおばあさんたちは、「一刻も早く終わってほしいつらいお勤め」って答えてた。
上野:特に日本の結婚した男は、女性の快楽にまるっきり関心がないからね。前戯しない、ずぼっといれて3分、あがいて3秒、それからあっち向いて寝て終わり。そういう野蛮な性生活を上の世代のおばあさんたちは過ごしてきた。セックスが快楽だって一生涯知らずに死んだ女性がたくさんいたのよ。自分の身体のつくりや感覚は、誰かに教わるものじゃなくて、自分で学んでいくもの。だからこそ最初はマスターベーションが大切なの。
薫:みんなマスターベーションしたほうがいいのでしょうか?
上野:したほうがいいもへったくれもない。マスターベーションは性欲の主体になるための、基本のきだって言ってるのよ。マスターベーションは自分の身体とのエロス的な関係、セックスは他人の身体とのエロス的な関係。自分の身体とエロス的な関係を結べない人が、他人の身体という未知とつきあえるわけがない。マスターベーションをすれば、「ひとりで得られる快楽が、なぜ相手のあるセックスでは得られないのか」という当然の疑問が立つじゃない。マスターベーションよりもクオリティの低いセックスなんて、しないほうがいい。セックスは手間暇かけてするめんどうなものなんだからさ。
Ruriko:自分の身体は自分が一番理解しているのであれば、セックスよりもマスターベーションの方が常に気持ちいいんじゃないでしょうか?
上野:いいえ、セックスの方が快楽のクオリティは深いと思う 。なぜなら、セックスには「予測誤差」があるから。自分で自分をくすぐってもくすぐったくないでしょ。相手がいるセックスだと、「次はこうだろうな」っていう予測が微妙にはずれていく。マスターベーションには予測誤差がないのよね。だから快楽のクオリティに限度がある。
反対にそうした予測誤差は、「誤差」の範囲内でないと、人間は安心感や安全感を持てない。暴力的なセックスは予測誤差の範囲を超えてしまうから、恐怖心で身体が固まるのよ。セックスは、自分の身体を明け渡しながら、予測誤差の範囲内で他人の身体と交渉し合うから絶妙で楽しいものなのよ。
Ruriko:大工原さんが調査した当時の男性は、その一方的なセックスで気持ちいいと思ってたんでしょうか?
上野:セックスのクオリティが低くても、男の快感は単純だから、気持ちいいと思ってるんじゃない?男に聞かなきゃ、わかんないけど。
性的な感覚っていうのは全身にある。あなたはさ、背中を触られただけでぞくっとして気持ちいい感覚、わかるでしょ?男の身体だって、背中や乳首やお尻、色んな部分を開発できるはずなのに、快楽のほとんどはココ、性器に集中している。だからたいがいの男のセックスは挿入中心で、怠惰で野蛮、快楽のレベルが低いと思う。
それで男たちが何を言うかっていうと、「女の子たちがちっとも僕たちの性感を開発してくれない」って言うのよね。なぜそんな状態になるかというと、男性自身が「能動的なセックスをやらねばならない」と思い込み、女の方は「マグロになっていればいい」と思い込んでるから。女が積極的に動いて、受動的なセックスの快楽を男が味わえるのは風俗だけかも。
上野:セックスの話をオープンにできるフェミニストと、できないフェミニストがいるのよね。私の世代のフェミニストたちはほとんど結婚していったの。日本では結婚すると、「よそでセックスしてます」って口にできないから、セックスの話をしないフェミニストが多数派。いろんな男性とセックスして、「こんな楽しい思いをしてます」って公然と言えるのは、おひとりさまの特権なのよ(笑)。
薫:でも、性欲と愛って切り離せませんか?
上野:そのとおりね。だけど、日本の婚姻制度の中ではそうはいかない。
私にとっての結婚の定義は、「自分の身体の性的使用権を、特定のたった一人の異性に対して、生涯にわたって譲渡する契約」のこと。もし契約に反したら、ルール違反って責められる。そんな不自由な約束を、みなさんお結びになるのね。私はついに結婚しなかったから、少なくとも私の性的身体の自由は守られている。
薫:それってかなり、イロモノに扱われますよね?イロモノになるってことはスタンダードになれないってことですよね?
上野:もちろんですよ。例外化されて、周りに差別される。だから差別されてきたわよ。私の初めての著作『セクシィ・ギャルの大研究』(1982光文社/20016岩波書店)を出版するとき、学問上の師匠に「あなたの名を汚すから、ペンネームで出しなさい」と忠告されたのに、「汚れるような名はありません」って実名で出版しました。でも履歴書の研究業績には、書いちゃいけなかった。幸い私にはイロモノ以外の業績があったから、そちらを評価されたけど、「下ネタで売り出した女」って見方はついてまわったわよ。「好きなんですねえ」って言われるから、「ええ、好きなんですぅ」って言ってきた。今だってジェンダーやセクシュアリティを研究テーマにすれば、学問の世界では周辺化されるでしょう。
上野:今までで一番気持ちよかったセックスってどんなの?その相手とは気持ちのコミットメントはあった?
Ruriko:私はタガを外してくれた彼とのセックスですね。気持ちのコミットメントもゼロではなかったです。
薫:私もセフレとのセックスが一番気持ちよかったです。その人はセフレから彼氏になりました。愛着が湧いたんだと思います。
上野:そうよね。自分を明け渡した相手だもん、警戒心を解くよね。セックスから始まる愛だってある。むしろ愛から始まるよりもリスクが少なくていいかも。愛から始まったらセックスで「あれ?」って失敗することもあるもんね(笑)。 セックスから始まれば、まず間違いない(笑)。
薫:はい、セックスが気持ちいいと、好きになっちゃったりする。「子宮で恋してんな」って思います。
上野:そりゃ当たりまえよ。でも快感は子宮じゃなくて、大脳で感じてるのよ。
薫:よかったー!(笑)
上野:とてもいいと思います。なぜかっていうと精神は裏切るけど肉体は裏切らないから。精神はごまかしが利くからね。「私はこのひとを愛しているのかもしれない」なんて。なかなか性のベテランだね、あなたの年齢でそこに達するのは。身体の開発のレベルが高いです。
1948年、富山県生まれ。京大大学院社会学博士課程修了。東京大学名誉教授。日本の女性学・ジェンダー研究をリードし続けてきた。認定NPO法人「ウィメンズアクションネットワーク」理事長。著書は『情報生産者になる』『不惑のフェミニズム』など多数。
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「私」が持つ違和感を持ち寄り、社会を変えるムーブメントをつくっていくことが目標です。
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