同じ係の先輩は、部署に来た女性のことを「今の人は綺麗だ」「今の人はギャルみたいだ」と同僚と話していて嫌だった。でも「ブラピに似ている」などと上司にからかわれるくらい、一般的に好ましいとされるルックスを持ってる。
「そんな風に女性を見た目でジャッジする人とは、たとえかっこいい人でも関わりたくない」と私は軽蔑していた。そんな空気が伝わっているのか、真面目だと判を押されてるのか、他の人には言う軽口を私には言ってこない。

飲み会で弱音を吐く先輩に、恋に落ちてしまった

仕事に慣れない頃、私のどんくさい仕事ぶりを見て、彼は「自分から動かないとだめだよ。今の質問は俺に聞く必要のないことでしょ」と意を決したように言った。「でしゃばりだと思われないでしょうか」注意されたことがショックで泣かないよう声をふりしぼると、「そんなことないよ。自分で判断して大丈夫」と諭した。

次のプロジェクトでは、初期の自分を挽回するように、仕事を進めた。彼が他の案件で忙しそうな時は、彼の分で私ができそうなことを手伝った。準備をするうち、以前私ができなかった仕事を彼が何も言わずにカバーしていたと気付いた。

仕事に慣れてきたころ、係の飲み会があった。彼は唐突に、
「俺のせいで北山さん困ってるよね」と、私のほうを向いて言った。
「忙しくてプロジェクトあまり手伝えなくてごめん。いつもよくやってくれて本当に助かってる」
私はびっくりして「あ、いえ…」としか言えず、代わりに目の前のキュウリの漬物をほおばった。普段は私にまったく弱音を吐かなかったけど、「北山さ~ん、あの仕事ほんとめんどくさいんだよねえ、いやになっちゃうよ~」とへべれけで言う。
彼はうつろな目で酔っぱらいながらも、まっすぐ私の目を見ていた。たったそれだけで体が熱くなった。

少し照明の暗いチェーンの居酒屋で、客たちの声がわんわんと頭のなかに響き、手にもったハイボールのグラスは冷たく、氷がカラカラと鳴る。
そのとき、私は完全に恋に落ちてしまった。

典型的な「ギャップ萌え」でノックアウト

後輩に弱音を吐かず、クールに仕事をさばく普段の彼とは違うほろ酔い姿にドキリとした。そして“そんな風に思ってたんだ”と思って嬉しかった。

恋愛偏差値の低い私は、いわゆる典型的な「ギャップ萌え」でノックアウト。
直接言える機会はたくさんあるはずなのに、仕事中には言わない。“しらふのときどうしてこういうことを言ってくれないのだろう“と、もやもや考え、彼のことをずるいとも思った。けど、それもときめくスパイスだった。

やっぱり女性として魅力的だと思われたい

今まで、片思いは憧れの気持ちが強く、相手の好きな面しか見えなかった。

けど彼の場合は違う。女性のことを簡単にジャッジするところは許してないし(そんな風にジャッジするのはとても失礼だ)、サボるのがうまいところも苦手だ。酔っているときしか打ち解けられないのはもどかしい。

けど、この人を好きになってしまったのはなぜだろう。それはきっとブラピ似のルックスに惑わされたせいだけじゃない。
性的対象として(のみ)ジャッジされるのではなく、このたった数ヶ月でも、私の仕事ぶりをちゃんと見てくれていたところや、ポイントは押さえ無駄なく仕事をこなすところに惹かれたのだ。

しかし私の中で、別の欲求が顔をのぞかせる。それは、女性としても魅力的だと思われたいという、恋愛という部屋のドアの鍵みたいな欲求だ。

幸せになれない恋を一直線で走ってしまいそうで怖い

けれど、この恋を進めても、私は幸せにはなれない。彼は既婚者で、そもそも気軽に話せる仲でもなく、雑談するのも勇気がいるほど私は臆病だ。

私自身の魅力に気付いてほしいというシンプルで強烈な気持ちがあるけど、それを進めてしまったら私はここにはいられない。お互いのためにアクションなんか起こさないほうがいいのは分かってる。私は脳内に「好きだとバレないように!」と注意書きコーナーを作った。そしてそっけなく返事をしたりして、「全く興味がありませんアピール」をするようになった。

だから、せめて、もっと仕事の話や、何より他愛ない雑談ができるだけでいい。

飲み会の帰り、「まだ心開いてないね」と彼は言った。どうしたら好きな人と雑談できるだろう?

恥ずかしくても私のまま心を開ける瞬間を増やしたい。でも本当に心を開いてしまったら、幸せになれない恋を一直線で走ってしまいそうで怖いのだ。積まれた仕事の横には、はじけそうな片思いが誰にもわからないようにそっと置いてある。