私はここ数年、祖母に住んでいる所と職業についてウソをつきながら生活している。祖母は少々認知症があるものの、身体は80歳以上とは思えないほど元気である。そして、非常に世間体を気にする学歴職歴重視タイプだ。受験の時は毎回「どこの学校受けるの?」「賢くて有名な学校出なさい」と口を挟んできた。
何度も何度も電話で、「立派な先生になってね」と同じ話をされて
高校、大学を卒業後、私は小学校の頃から夢だった教員になった。祖母は母を通じてその事を聞いたのか何度も何度も電話をかけてきて「本当に良かったわねぇ。孫が先生なんておばあちゃん、鼻が高いわ。立派な先生になってね」と同じ話をされ、私はあなたの為に採用試験受けた訳じゃないのにと、うんざりしていた。
祖母の期待も虚しく、私は1年足らずで体調不良の為退職する事になった。志半ばで断念しなければならないのは悔しかった。それでも同期の「仕事は生きる糧を得るための手段の一つに過ぎない」という言葉に救われ、「生命ボロボロに削ってまで仕事をやる必要はない」と捉え、何とか心の平穏を保った。その後、民間で職を転々として実家を出たり帰ってきたりを繰り返し、現在絶賛実家に居候中である。
ところが祖母は、今も私は一人暮らしをして教員をやっていると思っているようだ。何度か教員辞めて転職したという話をしたが、電話で「この間近所の仲の良い○○さんにね、うちの孫はどこどこで学校の先生やってるのって話をしたらね~」と話し始めたので、ぎょっとした。それ以来もう何も祖母に言うまい、本当のことを言ったらパニック起こしてややこしくなると思い、黙っていた。
居留守、電話の受け答え、外出ルート。接触を避ける工夫が随所に
祖母は私が月曜から金曜まで働いて土日休みだと未だに思い込んでいる。実際は平日休みで土日祝は仕事の日もあるのだが。だから電話がかかってきた時に(我が家に掛かってくる電話は9割祖母からなので大概居留守を使っているが、どうしても出ざるを得ない時に渋々出ると)「あら?あなた、今日は仕事は?」と聞かれることが大半だが、その度に「代休で」「今日は有給で」「だからこっち帰ってきてるの」などと言っている。普通そんなに休みがあるはずはないのに、「あらそうなの」と全く疑う素振りが無い。
祖母はうちのすぐ近所に住んでいる。ちょっと出かければばったり会ってもおかしくない。それでも何とか会わずに済んでいるのは、駅まで行くのをバスや徒歩ではなく自転車にして、万が一遭遇しても颯爽と通り過ぎて立ち話に捕まらないようにしたり、祖母の家の前のルートを通らないようにしたりしているからだ。
祖母の学歴職歴重視信仰を、祖母が生きている間に覆すのは至難の業
そんな私の不自然な行動や祖母との通話に母も妹も「さっさと言えば楽なのに」と呆れている。しかし、祖母に事実を伝える方が私にとって大変だ。本当は出身校の偏差値とか、職業とか、そういうものに囚われずに接して欲しいのに。鉄の太い柱のような祖母の学歴職歴重視信仰を、祖母が生きている間に覆すのは至難の業だろう。もういっそのこと祖母が墓場まで「孫は立派に学校の先生やってるんだ」と思い込んだまま行ってくれたら、祖母も私も安泰なのに。
今日も私は祖母からの電話を「うん、そう。今日休みなの」とかわして、生きている。今日は土曜日だから不自然ではない、たぶん。