私には半分だけ血が繋がっているお姉ちゃまがいる。
父親は同じだけど母親が違くて、年齢は一回り以上離れている。
お姉ちゃまの存在を知ったのは赤の他人のブログで。
一人暮らしを始めた二十歳のころだった。
物心ついた時から父とは別居していて、年に数回食事に行く関係だった。
食事のときはいつも個室のある店で待ち合わせをする。
白髪で覆われているはずの父の髪はいつも不自然に真っ黒だった。
久々に会う父自身の話は何も聞かされず、私から一方的に近況報告をして、目の前にある綺麗な料理を食べる。
最近見た映画や好きな音楽について話したいと思っても、緊張して言葉が喉を通らない。
そうしてあっという間に話題が尽きてお互いの家に帰る。
なぜ別居しているのか説明を受けないまま母のもとですくすく育ち、高校を卒業して家を出た。
父については知っていることは、隣町でそこそこ知名度のあるホテルを経営しているらしいという情報だけだった。
父の話題を出すと母は殺気にも感じられる空気を醸し出しす。
顔から表情は消え、声のトーンが氷点下まで急降下。
だからずっと我慢してきたけど、本当は父について知りたかったし、いい加減自分の生い立ちをはっきりさせたかった。
父の「本当の家族」の手がかりを求めてわかった、お姉ちゃまのこと
そんな思いが膨らんだある日、好奇心で父の名前と経営している会社名をネットの検索ページにかけた。
そしたら知らない人のブログに、父と父と同じくらいの年齢の女性が並んで結婚式に参列している写真があった。
ご丁寧に父の名前と、父の妻と紹介されている人が知らない名前で書かれていて、
「その娘さん」の存在も紹介されていた。
なるほど。父には本妻と娘がいて、私の母は父の愛人だったわけか。
これまでのことに合点がいったけど、自分でもびっくりするほど怒りの気持ちは沸いてこない。
むしろ「父にも幸せな居場所があってよかった」と呑気に思った。
だけどそのことを両親に直接確認する勇気は持てなかった。
代わりにネットで父に関するキーワードを繰り返し打ち込み、検索結果の画面を張り付き、
父の「本当の家族」についての手がかりを求めた。
わかったことが一つ。
どうやら「その娘さん」であるお姉ちゃまは、父の住む町で小さなカフェを営んでいるらしい。
町の中心地から離れた森の中にある、焼き菓子とキッシュを提供してるお店。
ホームページを見ると、そこには大げさな宣伝文句や派手な写真は一つもなくて、
悔しいほどに素朴で優しくて上品で、心を込めて営んでることが伝わった。
嫌いになれる要素は一つも見つけられなかった。
すぐさま店のSNSをフォローした。
店主の彼女がすべての投稿を書いていた。
営業用のSNS投稿にしては一つ一つの文章が長く、
そこにはお姉ちゃまから見た、季節のお菓子の物語が書き綴られていた。
見つけたその日に、これまでの投稿も遡り全部読んだ。
私はそれらの文章が大好きになってしまった。ファンと言っていい。
いつか来店したいけどそれは無理なことだから、彼女のSNSの更新が日々の楽しみになった。
投稿された写真を見てハッとした。お姉ちゃまとの世界
ある日、明らかに商品とは違う写真が投稿された。
お客さんが帰ったあと、お店で拾ったという新聞記事の小さな切り抜き。
その切り抜きに載っている写真を見てハッとした。
それは、私が先日見に行った写真展の記事であった。
私が一番敬愛している写真家の展示である。
その切り抜きの写真と共に綴られていた短い文章。
お姉ちゃまも、その写真家に対して特別な思いがあることがすぐにわかった。
沢山のモノやコトが溢れている社会の中で、
私とお姉ちゃまが選び取った世界が重なった事実にじわっと胸が熱くなった。
とても言葉にならなかった。
その後、何度か店の前を通ったけど決して中に入ることはなく外から人の行き来を眺めてた。
お土産用に焼き菓子を買って帰る人や、店の中でゆっくりとひとりの時間を過ごす人がいた。
私はSNSを通してお姉ちゃまの生活の一端を想像し、
来店したお客さんとのコメントのやり取りで、彼女の人柄を垣間見ていた。
いつの日か、リアルな世界で胸を張ってお姉ちゃまに会いたい
三年前、この店は閉店した。
聞いた話によると、お姉ちゃまは結婚して台湾に移り住んでいるらしい。
店舗はなくなったけど、まだSNSは残っている。
もう更新されることはないけど、私のお姉ちゃまを感じられる唯一の場所。
ハッシュタグをつけて店の名前を検索すると、過去にお姉ちゃまのお店で過ごした誰かの幸せな時間が目に見えない何かを語りかけてくる。
彼女との関係は異質で、恨む存在にだってなり兼ねないけど、
この人が姉であることに心から幸せで、私の誇りだ。
いつの日か家族としてでも、そうじゃなくてもいいから、
リアルな世界で胸を張ってお姉ちゃまに会いたい。