「最後に会ったの、いつだろうね」という電話越しの彼の声に、「だいぶ前だね」と適当に返す。だいぶ前、私の家でたこ焼きを作って食べたのが最後だったと思う。

そのときはまさかしばらく会えないなんて思ってなかったから、化粧もせずに、メガネのままで、着古した部屋着を着て、髪も超適当で、「ごま油いっぱい入れたら美味しいんだよ」なんて言っておやじみたいにたこ焼きをまわしていた。新幹線の駅まで見送ったときもちょっと着替えて薄化粧しただけで、超手抜きの状態だった。彼が最後に見た私があの姿かと思うと気が滅入る。もはやどんな恰好をしていたのか自分でも覚えてないけど。覚えていないくらい、良くもなく、ひどすぎることもなく。当時まだ混雑していた駅の中ですぐに霞んで見えなくなるくらいに平凡な姿で。

居場所がなくて困っていたDJイベントで彼に会った

はじめて会ったのは、確か私が大学2年生のとき。よくわからないDJイベントで、居場所がなくてすみっこにいたところで話しかけられた。当時は化粧といっても学校に行くのに恥ずかしくない程度、だったし、服装もDJイベントの服装というのがよくわからなくて結局Tシャツにジーンズみたいな、ダサい恰好だったような気がする。まわりの女の子たちはみんな綺麗で、会場はミラーボールでキラキラしていて、音楽が大きい音で流れていた空間の中。知り合いもおらず、かといって周りの人に話しかける勇気もなかった私は多分だれの目にも映っていなかった。

「ひとりで来たの?」と言われたのだと思う。多分。イベント終盤で会場の熱気もすごくて、これまで以上の音量で音楽が流れていたのと、相手の背が高すぎた(かがんでくれていたけどそれでも高かった)せいではっきり聞こえなかったけど。声が通るタイプではないから大きい音が鳴っている中での会話は苦手だったけど、それにしても孤独だったので、ちょっと背伸びをしながら、大きい声を出して、その声に応えたのだった。

はじめて話した時、私は表情が硬かったらしい

電話のついでに聞いてみた。「なんであのとき私に話しかけてきたの」。社交的な人だし、てっきり誰でもよかったのだろうと思っていたけど、どうやら違うらしかった。「ずっと君に話しかけたいと思っていて、緊張してタイミングをうかがってたらイベント終盤になっちゃった」らしい。なんだ。薄い顔してダサい平凡な恰好で、でもこの人の目に私は映っていたみたいだ。

なーんだと一人で照れていたら、「家にいる間何してるの?」と彼が話題を変えてきた。「映画見たりゴロゴロしたり…あ、でも今日は冬服をクリーニングに出してきたよ」というと、「じゃああのカーディガンは今年もう見れないのか…」と言う。「あれってどれ」「あのかわいいやつ。たこパの日に着てたやつ」あれ好きなんだよな~と彼が言う。なんだ。最後の日、超手抜きな恰好しちゃったと思ってたのに。

電話口でへらへら笑っていたら、「そういえばだけど、はじめて話した時、ずっと君の表情が硬くて、あんまり楽しくないのかなってどぎまぎしてたよ」と彼は言った。話せて嬉しかったしわりと笑ってたと思うんだけど、と返したけど、「そうだったの、でもよくわかんなかったよ」とひどいことを言う。

人混みの中でも笑ったことがちゃんと伝わるようにしよう

次会うときは、きっとまた人がたくさんいる駅で待ち合わせをするんだろう。駅のアナウンスや周りの話し声がうるさくて、おしゃれな人たちもたくさんいる中で。彼はきっとすぐに私のことを見つけてくれるんだろう。そのときもきっとお互いの声は聞こえづらくて、彼はかがんで、私はちょっと背伸びをして、久しぶりだねって言い合うんだろう。

次会うときは、新しく買った口紅を差して、人混みの中でも笑ったことがちゃんと伝わるようにしていよう。ただでさえ家にいた時間が長くて表情が硬くなりやすいから。会えて嬉しいことがちゃんと伝わるように。