私は彼を好きになっていた。 こんな中途半端な気持ちで終わるのなら、ちょっとぐらい「その後」を期待させて欲しかった。

彼は私にとって「オンラインから出てきた王子様」だった

私と彼の最初はマッチングアプリである。お互いの地元の中間の位置にあるショッピングモールでタピオカを飲む約束をしていた。
待ち合わせの時間より少し遅れて現れた生身の彼はプロフィールの画像の通り、鼻も高く、爽やかな黒の短髪、綺麗な横顔の耳朶には生意気なピアスが1つ。隣に並んだら、私と彼には20cmの身長差があり、それだけできゅんとなった。 これまで、アプリを通して何人かと会ってきたけれど、ここまで私の理想に芯を通してくるような人は彼が初めてだった。王子様。
そう、彼は私にとって初めての「オンラインから出てきた王子様」だった。

その日は楽しかった。人気のタピオカ屋さんに並んで遅れたお詫びとしてジュースを奢ってもらい、ゆっくり飲みながら話して、時間が少しあったので洋服屋さんをプラプラして、最後は私が乗る予定の地下鉄の入口まで送ってもらった。
電車に乗ってすぐにアプリで彼に今度はあそこに行こう、とメッセージを送っていた。彼が私と同じ県に仕事の為に引っ越してくる事になって、浮かれていた。私たちが会うのに1時間は絶対必要だけれど、そんな時間をかけて最終的なオチでワンナイトは最悪なケースだから、せめて4回デートしてから彼を好きになりたいな。

この時はそんなふうに考えていた。だけれど、3回目のデート後の彼からの突然のハグによって一気に考えは崩れ、同時に彼に対しての愛情と嫉妬に近い感情を覚えてしまった。

彼はひょっとして私を好きなんじゃないのか

彼が女を落とすために、自分を好きになってもらうためだけにハグをしていたのなら、恋愛に関して処女な私にとって効果は絶大だったと思う。
最初のハグは3回目の約束の帰り際、彼の車の車内にて。降りようとした時に強引に、けれどスマートに彼は私をぎゅっと抱きしめてきた。その時に彼がぽつんと呟いた「癒される」は今でも覚えている。
彼にとっての癒されるのは何に対してなのだろう。 私?ハグができる女の子なら誰でもいい? 本当はその場でふんわりと聞いても良かったのに、私は聞けなかった。いきなりのハグでびっくりしたのと、その時の雰囲気を壊したくなかったから。

その微かな不安が更に大きくなったのは、2回目のハグの時。
最初と違うのは、彼が座席を倒して、頭を撫でながら長い時間抱きしめてきたこと。
付き合っていない女の子の頭を撫でながら抱きしめてくるのは明らかに何らかの気持ちがあって、でも、おおっぴらにやましい事は一切してこないって事は、彼はひょっとして私を好きなんじゃないのか。え、期待していいのかな。

きっと私は彼を好きになっていた

そう思って、5回目の約束をした。4回目の時から暫く期間が空いていたけれど、私の頭の中は変わらず、彼の事でいっぱいだった。 でも、頭を撫でてくれた手を思い出したら、やっぱり過去も気になってくる。今までどんな女の子と付き合ってきたのか、どんな所に行ったのか。
こんなに自分が嫉妬深いとは思わなかった。嫉妬は苦しい。みっともないとも思うけれど、きっとこの時点で私は彼を好きになっていた。遊びなのか、本気なのか分からないのは、彼の根本的な性格のせいなのかもしれない、と意味のわからない事で自分を納得させていた。

そんな浮かれポンチの頭のまま迎えたその日、彼は待ち合わせに来なかった。
約束していた映画の時間の2時間前に何回も電話をしても、女の人の声が機械的に流れてくるだけで、彼の声は聞こえなかった。 つまり、意味の分からない結論はもう無意味になってしまった。
駅前で変な男にナンパを持ち掛けられた時、次会うときは、何を話そう。彼は何を話してくれるのかな。笑ってくれるかな。そんな妄想をしていた日を思い出した。

好意を伝える、という心の準備はしていたのに

あの日から今日まで、私は泣いていない。悲しすぎて、何だか呆れてきて、涙は引っ込んでしまった。次に会うときはさり気なくでも好意を伝える、という心の準備はしていた。なのに、準備だけさせて消えた彼を私はこれからも許せない。
さぁ、失恋手当に高級なリップを買おう。次に好きになる人は、彼以上に優しくて、今度こそ、正しい「愛情」をくれる人が現れますように。