私の部屋の一角には、キラキラした化粧品がディスプレイされた、宝石箱みたいな棚がある。見ているだけでうっとり。
うっとりしながら、ある日思った。
「口紅、多くね?」
私は口紅を買うのが好きだ
かつてドラッグストアで500円の色付きリップを買うか買うまいか、ウロウロと小一時間迷っていた私も、今やデパートで5000円の口紅をサクッと買うようになった。大人になったということだろうか。しかし無駄遣いが過ぎる。全くどこで覚えた、けしからん。
私は口紅を買うのが好きだ。所謂デパコスと呼ばれる、ブランド物の化粧品を売り場で買うのが特に好きだ。店員さんも綺麗、接客も丁寧、「お客様」気分を存分に味わえる。商品はどれもキラキラしていて可愛くて、見ているだけで嬉しい気持ちになる。広告費や人件費のせいで割高なのは承知の上だ。それを遥かに上回る満足感がそこにはあるのだから。
(売り場を歩くだけでも楽しいので、用もなくデパートに通っていたが、今は自粛でデパートがバンバン閉まって、不要不急の外出以外は外には出られず、楽しみが減ってしまって激萎えである。鬱憤晴らすべく、怒りに任せて公式サイトで買い漁る。勢い余って買い過ぎる。)
何故こんなにも口紅ばかり買ってしまうのだろうか
部屋にある購入バランスのおかしい化粧品達を眺めながら、何故こんなにも口紅ばかり買ってしまうのだろうかと考えた。
化粧品はいろいろある。
ファンデーション、プライマー、コンシーラー、パウダー、チーク、アイシャドウにアイライナー、アイブロウ、ハイライトやローライト、他にも沢山。そして、リップ。
私が口紅を買う理由。
見た目が可愛いから?
それは他の化粧品にも言えること。
口元に自信がある?
特に意識したことはない。
逆に唇がコンプレックス?
特に悩んではいない。
何故だろう。分からない。まぁいいや。
そして次の日、化粧をしながら気づいた。
口紅が好きな理由は、簡単だからだ。ただ塗ればよいのだ。
私は化粧品を買うのは好きだが、化粧をするのは嫌いなのだ。正確に言えば、口紅を塗ることは苦ではないが、それ以外の化粧をする工程と、化粧をした状態(肌に付着している感覚)が苦手なのである。
見るに耐えない素顔を徐々に彩っていくのは、お絵かきみたいで楽しい。大好きな図工の要領だ。それ自体は苦ではない。
しかしながら、化粧というものは難しい。アイラインが何mmだの、アイシャドウのグラデーションがどうだの、いろんな基礎を元に、「自分の」顔に合った、「欠点」をカバーする「正しい」化粧をしなくてはならない。教科書なんてない。雑誌のメイク特集もさほどあてにならない。最近はパーソナルカラーとかいうこれまた妙なワードが流行り出して、イエベだのブルベだの、春だの夏だの、私を混乱させる。分かりにくい!頭がパンクする!
そうだ、口紅が好きな理由は、簡単だからだ。ただ塗ればよいのだ。赤い口紅を、唇の輪郭に沿って、ただ塗ればよいのだ。
自分のための化粧をして外に出られたら
化粧品は宝物みたいに可愛いが、化粧は難し過ぎて嫌い。
一体誰がこんなに複雑化した?
ああ、私自身だ。
コンプレックス産業に踊らされ、あれこれ買っては苦手な工程を必須事項として己に叩き込み、手抜きを許さない。私が私に課していたのではないか。
でも、手を抜いたら、周りに変だと思われるかも?
女友達、男の人、職場の人…
好奇の目で見られた暁には、恥ずかしくて死んでしまう。ああ怖い、怖い。
でも、やってみたい。
よし、これからは口紅1本で行こう。
日焼け止めと、おしろいと、口紅1本。
凄い、なんてかっこいいんだろう。
誰の目も気にせず、自分のための化粧をして外に出られたら。
誕生日に親友から貰ったCHANELの真っ赤な口紅1本つけて、鞄にポイといれて、いつか、いつか、堂々と街を歩いてみたい。