雨の中、赤い傘を差したまま立ち尽くして、泣いていたことがある。
何台も車が脇を通り過ぎたけど、わたしは先へ進むことができなくて、ただただ壊れたみたいに涙を流した。
失恋したせいだった。
満たされない日々を超え、世界は輝き出した
当時わたしは、幸せに飢えていた。
社会人になり、実家を離れて暮らし始めて、将来のことも、家計のことも、不安にまみれていたときだった。仕事も自分に向いているようには思えず、仕事場にいる自分は場違いのようにも感じられて、自分自身を肯定できることが少ない時期だった。
ずっと満たされない日々が続くと、意識はどんどんマイナス思考になっていく。現在のことだけではなく、過去の記憶も引っ張り出してきて、「あーあ、わたしは不幸だな」と思っては、幸せになれないのを環境や、周囲のせいにしていた。
わたしは、自分で自分を幸せにするすべを知らなかったから、ひたすら誰かに幸せにしてほしいと願っていた。
幸せになるのを、他人任せにしていたのだ。
それでも、転機は訪れた。
恋人ができたのだった。
社会人になってから知り合った人で、彼とは食べ物の好みや趣味など、あらゆる点で共通点が多かった。
それはわたしにとって、久しぶりのシリアスな恋だった。わたしは彼にのめり込むように日々を過ごした。
嘘みたいな話だが、彼と過ごす時間は、本当に本当に、世界が輝きを増して見えたのだ。
彼こそ、わたしを幸せにしてくれる人に違いないと信じて疑わなかった。彼と会えない時間は肌がひりつくようで、思い焦がれて次に会えるときまでをやり過ごした。
不意に訪れた別れと、苦しいほどの孤立感
だけど、燃え盛るような恋は、驚くくらい早く幕を下ろした。
付き合ってわずか四カ月で彼から別れを切り出され、わたしは宙に放り出されたような気持ちのまま、関係を絶たれた。
何が起きたのか、すぐには理解できなかったし、連絡をして、どうしてなのか理由を訊いても答えはなかった。
世界から切り離されたような急激な孤立感を抱いた。
世界の誰として信じられないような気がした。だって、あんなに近くにいた人が、わたしに背を向けてもう言葉をかけてくれなくなったのだから。
呆然としたまま数日過ごしていた。
ある日の仕事での帰り道、冷たい雨が降っていた。赤い傘を差して、ひとりでとぼとぼ歩きながら、ああ、わたし、フラれたんだとやっと理解した。
涙がいったん込み上げると自分でも制御できないくらい、次から次へとあふれてきた。
わたしは立ち尽くしたまま、傘の中で苦しくなるくらい泣いた。
わたしはわたしが幸せにする
わたしは不幸の底に突き落とされた。
一度幸福を掴みかけた後での転落は、暗い海の底にいるようなさみしさがあった。
さみしさの中でわたしは、手当たり次第恋愛の関係の本を読み漁った。誰かを信じることは難しくても、紙に書いてあることなら、なぜか信じてみる気になった。
いろいろな本に触れた。男女で考え方に違いがあることを説いた本。男性に好かれる話し方について書いた本。こちらに気がない人を振り向かせるための本。
あらゆる本を読む中で、わたしは、これまでの自分の心を振り返り、ひとつ重大なことを学んだ。
それは、幸せを他人に頼るのではなく、自分が自分を幸せにすることだった。
わたしは、彼と幸せになりたかった。
だがそれは、彼に幸せにしてほしいという願望だった。
経済的な安心感も、人としての自己肯定感も、女としてのプライドも、愛されたいという本能的な欲望も、何もかも彼ひとりに満たしてもらいたいと願っていた。
不安で仕方ないから、その不安を彼に埋めてもらいたくってしょうがなかったのだ。
つまり、自分の心に、きちんと向き合えていなかった。
自分が不安に思うなら、真っ先に不安に気づいてあげるべきなのはわたし自身だった。
それをせず、彼と会うことでひたすら不安をかき消そうとしていた。
それではきっといつまで経っても幸せにはなれない。
幸せになるには、自分の心と向き合って、自分を理解してあげることが大切なのだ。
昔の恋人に、次会うことはないと思うけれど、もし会うなら、感謝を伝えるだろう。
あのとき、強烈な失恋体験がなければ、わたしは今でも、自分の幸せを他人任せにしていただろうから。
今ならわかる。
幸せになる方法は、誰か素敵な人と巡り会うことではない。
他人から幸せをもらおうとしても、叶わない。
それよりも、まず自分と向き合ってみること。自分を理解すること。
これが幸せになる方法だと、失恋を通して知ったのだ。