大学1年生のある日のことを突然に思い出した。私は風邪をひいていたのだけど、どうしても休めない授業があったので、だるい体を無理やり動かして大学に行った。

昼休み、学内のコンビニにある椅子に座っていたときのこと。

「大丈夫?」

咳が止まらなくて苦しい私の背中をさすってくれたのは、友達のCだった。

暖かで、優しい手の感覚を、今でも忘れていない。いまだに私は、あの手に何も返せてはいない。

彼女は優しすぎた。真面目で責任感があって、頑張りすぎていた

ゴールデンウィークになっても一人も友達ができなくて、夏の終わりにはサークルもドロップアウトし、「やべえ、私の大学デビューついに終わった」と思っていたとき。同じ学科のAに誘われて、昼休みを過ごすようになった。そのAが、同じ授業を取っていたのに特に会話もしなかったCと引き合わせてくれて、私の友達の輪ができた。

それからいつも、私とCを含めて5人組で行動を共にするようになった。Cは物静かで大人しい子だった。少し不器用で自分の意思を伝えることは得意じゃないけれど、他人の気持ちがわかる、優しい子だ。

今思うと、東京で大学生活を送るには、彼女は優しすぎたのかもしれない。

サークルで大変な役を任されたり、バイトのシフトがきつめだったりしたみたいだ。私も困窮学生だったので、直接聞かなくても、彼女の事情はなんとなくわかった。真面目で責任感のある彼女は、いろんな場所で頑張りすぎ、というくらい頑張っていた。

1年後、彼女だけ2年に上がれず、留年をした。でも、大学で一番厳しい学部と言われる私たちのクラスでは、一定数留年者が出るのはそれほど珍しいことではなかったので、私は気にも留めなかった。それに、一緒になる授業も多いし、いつでも会えるから、私たちは今までと変わらず、学食でご飯を食べたりして時を過ごしていた。

卒業式、彼女はいなかった。1年後の投稿写真にも姿はなかった

4年間、私たちは変わらず仲が良かった。ゼミの課題、就活の愚痴、将来の目標と現実のギャップ。何の事件も起きずに日常は変わらず過ぎた。卒業旅行にはディズニーにも行った。

卒業しても、たまに5人で会って、楽しくおしゃべりをする関係になっていくんだろなと、漠然と未来を思い描いていた。

C以外の友達は就職し、私は精神的に参っていたこともあって、無内定で名古屋へ帰ることが決まっていた。この頃の私は、自分のことでいっぱいいっぱいで余裕はなかった。あとは卒業式にのぞむだけ。そんなふうに進路がほぼ決まってきた時期に、Cと学食でランチをした。

「私が卒業式に出なかったら、察してね」

どうしてそうなったか会話の流れはよく覚えていないけど、Cはそう言った。ま、たとえCが5年生になっても、友達でいられるし。そんな人はこのキャンパスにたくさんいるのだからと、私は特に気にしてもいなかった。

事実、彼女は卒業式に来なかった。4人だけで、卒業証書を持って写真を撮った。ちょっと寂しいな。でも、きっと大丈夫だ。彼女は来年、私たちにFacebook越しに袴姿を見せてくれるだろう。

1年後、Cと同じく留年をした同級生が集合写真をFacebookにアップした。後輩と何人かの同級生が笑顔で黒板の前に立つなかに、彼女の姿は全く見えなかった。

「察してね」が、Cの姿を見て、声を聞いた最後だった。

卒業後も何度か、実家の住所に年賀状や手紙を送ったことがある。でも音沙汰は全くなかった。

卒業してしばらくして、久しぶりに仲良しグループであったとき、Aから「地元の会社で働いて忙しくしているらしい」と話を聞いた。でも、Aも携帯を壊してから連絡が途切れてしまったらしい。
元気なのには安心したが、「なんで私には手紙を寄越してくれなかったの?」と胸に引っかかりを感じた。

悩んでいたけれど、「幸せで元気なら、それでいい」と思えるように

何か揉め事があったわけじゃない。でもそう思っているのは私だけじゃないのか?あの頃の私は、初めての東京生活に自分のことでいっぱいいっぱいになっていたから、他人のことなどかまっていられなかった。もしかしたら知らない間に不義理なことをしているのかもしれない。私に怒っているのだろうか。もう友達じゃないと、思っているだろうか。毎日のように会っていたのに、Cが抱いていた悩みや劣等感に気づいてやれなかったのが、すごくもどかしい。

連絡が取れなかった当初はずっとそう悩んでいた。しかし、私もこれまでの経験の中で、いろんな人と会って、人と人との関係への価値観が変わっていった。意図せずして人との縁は切れてしまうものだし、切ってもまた復活することもあるのだと知った。いつしか、「Cが幸せで元気なら、それでいい」と思えるようになった。それが、私の背中をさすった手に返せるただ一つの気持ちだった。

次会うとき、私は彼女の目を真っ直ぐに見て、こう言いたい。

「ごめんね。あなたが私をどう思っていようと、あなたはずっと友達で、大切だよ」