“ユニークフェイス”とは、顔に病気や怪我などによって変形したり、大きなアザや傷のある顔や身体を持つがある人たちのことで、近年ではそれに関連した本や当事者などが、メディアで特集されている。私もその当事者の一人である。

「社会にちゃんと出られる顔」って決まっているの?

学生時代、私は顔に疾患があることで、面識のない同級生や上級生、下級生、はたや他校の学生にまで、名前と顔を覚えられて嫌な思いを沢山してきた。顔に疾患があることで、一部の同級生や先輩から難癖をつけられたり、可愛い同級生と普通に話すだけで「なんであいつが彼女と話せんだよ!」と嫉妬に近いことを言ってきた男子もいた。下校中に他校の男子が顔を覗きに私を追いかけてきて、見た瞬間に友人達の所に戻って笑われたこともあった。

中学生の時も大変だったが、高校ではもっと大変だった。見た目重視の男子が周りにいたせいか、高校時代私は男性不信となり、同級生の男子とは一切話さないほど、嫌悪した。そのきっかけというのが、あれほど散々見た目に難癖をつけてきた人たちが、私が夏休みを使って、顔の手術をし見た目が改善され登校したら、それっきり何も言ってこなくなってきたからだ。私は内心「散々、人のこと言ってきたのに、手術したらさっぱりかよ」と憤った。入院中に仲良くなった女医の先生に「あなたの顔を社会にちゃんと出られるように手術する」と言われたときは「社会ってなんだよ。散々、私の顔をけなす社会に何故私が社会の為に顔を変えなきゃいけないんだ!」と若年ながら思ったりもした。

人の顔を上・中・下でマウントして、私の何がわかるんだ!

大学生になると見た目に関して言ってくる人はいなくなった。男性は相変わらず嫌いだったが、バイト先や大学のゼミで話したり、飲み会をしたり、“女性として見られない自分”を繕うことで、男子と気軽に話すことが出来たし、元々男勝りな性格もあったために、自分も楽だった。

ある日、バイト先の同僚でたまに会う男性の友人と話している時「お前さ、昔俺のことカッコよくないとか言っただろ?正直言うけど、お前さ自分の顔の偏差値なんだと思ってる?中の下にもならねえよ!!下マジで!俺さ俳優に向いているよとか顔はいい方って言われているのに、お前みたいな下のブスに俺の顔のことなんか言われたくねえんだよ!!」と、かなり憤怒した様子で如何に私の顔がブスか30分ほど熱弁してきた。私は、そこで仕方がなく自分がユニークフェイスの当事者であることを説明すると、それを聞いた彼はさすがに罰の悪そうな顔をし始め、引くに引けなくなったという様子で話は有耶無耶に終了した。共通の友人から後日「彼が言い過ぎたとして反省していた」と聞いた。彼の言動は驚いたが、私の顔に対して謝罪をしてくる人は彼ぐらいだったし、それ以外のけなしてきた人間は、言って当たり前の勢いで笑っていたのだから。

彼の言動を聞いて「ああ、やっぱ私ってそういう風に見られているんだ」って妙に納得した。だからといってまた顔を手術する気もない、差別用語を吐かれるぐらい見た目に問題があった顔はだいぶ改善されたし、さらに顔を整えようと主治医は手術を勧めてきたけど、断った。今の顔で生きていると変な虫が寄ってこなくて楽なのだ。

他人に決められる「見た目&恋愛偏差値」は、大きなお世話です

現在、私はある悩みに直面している。それは一部の女性達からの恋愛経験、女性としての役割マウンティングだ。学生時代はとにかく見た目が私の悩みの大部分で、そんなことを考えてる暇なんてなかった。私は今でも恋愛経験がない、もちろん好きな人はいたが、過去の経験が尾を引いているのもある。“普通の顔”を持っている女性に「好きならさっさと彼と寝なよ」と言われたり、恋愛経験がない私の好きな男性にわざとアピールをして「女として私はあなたよりマシ」なんて見せつけてくる女性もいた。みんな見た目に必死だ。だから見た目に問題がある人に対して攻撃をする。マウンティングをされると「この人必死なんだなー、普通の顔持っているのに」これがユニークフェイスの当事者としての皮肉でもあったりする。

見た目偏差値を決めたがるのは、ある意味人間の性かもしれない。しかし、そこで張り合ってる人はどこか必死で幸せじゃなかったりする。そのような人間の標的にされやすいユニークフェイスの私は、時に嫌な思いをするが、良い経験を得ている。

私の心は「ありがとう、そして際限のない見た目の比較に他人と自分を不幸にさせんじゃねえ!!」と叫んでいる。