母は美人。父はイケメンというより男前。二人の間に生まれた私は…(そっと口を噤む)
私は母に似て耳は小さく寝そべっているし、温泉でお互いの裸を見るとお肉のつき方が瓜二つで驚く。それに父に似て足の親指だけがとんでもなく長く、アーモンドアイだ。だから看護師さんが取り違えたわけでもなさそう。要するに遺伝子は単純ではないということだ。
母と私の決定的な違いは目だった。母は目力がありすぎて暑苦しいと悩むほどお人形さんみたいに目がぱっちり大きい。一方、私は何故か顔のパーツのうち目だけを一重の父から引き継いだ。あとは誰からも受け継いでいない三白眼も神の思し召しで頂いた。

神様、どうして?一重は罪なの?

現代日本では一重=ブス、二重=可愛いの法則が成り立っており、私は今でも一重コンプレックスを克服できずにいる。母譲りの目があればどれだけ生きやすかっただろう。もう500万回くらい考えたことだ。私はどうしようもないことなのに神様の采配を恨んだ。それでも神様は黙秘を貫くから母に冗談半分本気半分で嘆いたこともある。その度に母を悲しい顔にさせて後悔した。アイプチをしても不器用なのか瞼が悪いのか、母のような目にはなれず奥二重止まり。それでも私からすれば一重と奥二重では天と地の差がある。なのに修学旅行ですっぴんになった私を見て友人たちは「遊花も早くメイク落としなよ!」と言うし、メイク工程を見た恋人は「目、そのままじゃだめなの?」と問う。メスを入れなければ母と同じ目を手に入らないと悟った。
私はアルバイトでお金を貯め、悪い医者に引っかからないよう症例を血眼になって探した。母は私の気持ちをすぐに受け入れてくれた。更には費用まで出そうとしてくれたが断った。けれど話の終わりに「遊花のどんぐり眼が大好きだから寂しいよ」と私を抱きしめるから、"私、何か悪いことした?一重は罪か何かなの?"とぶつける相手のいない悶々が破裂し、子どもみたいに涙が溢れた。

もう傷つきたくない。だから二重にする

一重は可愛くない。女は可愛くないといけない。それは虚構の価値観でしがみつく必要はない。頭では理解している。だけど心が言うことを聞かない。
二重になりたい。可愛くなりたい。可愛くなって求められたいわけじゃない。可愛くなって愛されたいなんて贅沢は言わない。可愛くなって傷つかないで済みたい。ただそれだけなのに。
幾晩もの葛藤を乗り越えた私はついに30万円を握りしめ、美容外科のドアを叩いた。カウンセリングを終え、施術までの一週間は私と一緒になって泣いてくれた母の顔を思い出さないよう、生まれ変わった私の明るい未来だけをひたすら想像した。

恋人が肯定してくれた、私の瞼の美しさ

そして施術当日。私はクリニックに向かう電車に揺られていた。恋人からメッセージが届く。キリンジの『メスとコスメ』という曲のURLだ。恋人が必要事項以外で連絡を寄こすのは珍しい。イヤホンをつけて再生する。その歌のストーリーは、自分と別れてから整形を沢山するようになった元カノと久々に再会するというものだった。見た目が変わったことを「なりたいようになればいい」と歌いながらも、喪失感が否めない男性の複雑な心境が描かれている。私はその歌詞の一節に心臓を槍にでも刺されたように車内でうずくまり嗚咽した。彼は彼女の整形前の瞼を「美しかった」と歌い、現在の彼女を「きれいだぜ」と歌うのだ。私は二重になったら今より綺麗にはなれる。けれど二重になってしまったら永遠に美しさを手に入れられない気がした。
顔を上げた時には既に電車はクリニックの最寄駅を過ぎていた。ホームに降り、クリニックにキャンセルの電話を入れる。謝罪をする私に受付の方は「本当にお気になさらないでください。大久保さんには必要なかったと今気づけてよかったんですよ」と優しい言葉をくれた。

恋人と同居中の家に帰ると少しびっくりした表情で私の顔を覗き込んだ。施術をキャンセルして予定よりうんと早く帰ってきたのだから当然の反応だ。おまけに私の目は赤く腫れている。
「まぁ、そういうことだから」
彼はそれだけ言ってキッチンに戻り、美味しい麻婆豆腐を作ってくれた。

私と私を大切に想う人のために、私は瞼に魔法をかける

あれから一重のまま外出する日を少しずつ増やそうと日々奮闘している。一重メイクは二重メイクとは違う魅力があった。二重に大粒のラメや色彩鮮やかなアイメイクをするとパーティーのように華やかになる。けれど一重に合わせると主張が弱まり日常にも馴染んだ。キャンバスが広いからグラデーションも描きがいがある。勢いでまつげエクステンションも三白眼が嫌で付けていたカラーコンタクトもやめた。本来のすだれまつ毛が姿を現す。銀の滴のようなラメが入ったマスカラ、白やモーブピンクのカラーマスカラで睫毛を染めた。陽に当たると父譲りの色素の薄い瞳に睫毛の影が映る。〆は一重と相性がいい跳ね上げアイライン。完成した私の目は伏し目がちにするとアンニュイな雰囲気が漂う。瞬きするたびに目元から魔法が飛び出すようだ。

しかし私の地道なときめきの積み重ねは呆気なく壊されたりする。人の顔をよーく見ている子から「え。なんで二重にしてないの?」(有り得ない!の表情で)、善意から「二重にしたら絶対可愛くなるよ!やってあげようか?」と言われたり。
「あーそうだよねー」やっぱり一重じゃ可愛くないよね。一重は邪道だよね。なんで今朝あんなにわくわくしながら瞼にラメ乗っけていたんだろう。アホみたい。
こうしてまた気が済むまでコンプレックスを隠すための濃いメイクに逆戻り。この繰り返しだ。今でもあの日、二重にしていたらどんな未来になっていたのか考えずにはいられない時がある。これからもある。でもなんとなくだがこれからも整形はしない気がする。私は整形肯定派だけれど後悔する可能性を背負う覚悟を持てず、あの日も整形には至らなかった。私のアイデンティティは一重にあったのだ。世間は一重に冷たくても、母や当時の恋人は私の一重を好いてくれた。私を私として大切に想ってくれた彼らの気持ちと、それを受け取った時温かくなった私の心を守りたい。だから強くならないといけない。私は今日も瞼に魔法をかける。