高校時代、半袖は天敵だった。
学校生活でわたしは、できる限り長袖を着ていた。たとえ夏場の授業中だろうが、残暑厳しい9月の体育祭であろうが、汗を流しながらシャツやジャージの長袖を腕まくりして、暑さをしのごうとしていた。
「半袖を着たら負け」。そんな気持ちがあった。

高校生のころから「半袖を着ない」と決めていたのに…

誰かと我慢くらべをしていたわけでも、長袖の方がカッコイイという流行があったわけでもない。
わたしは高校受験を終えて半年もしないうちに、あっという間に14kg太った。一回りも二回りも大きくなった身体の変化を受け入れられず、なるべく露出の少ない服装をしようと思った結果が、独自に編み出した“夏場も長袖キャンペーン”だった。
半袖は着ない。そう決めると人間不思議なもので、どれだけ暑くてもなんだか諦めがつくのだった。

高校は守られた空間だから、少しくらい我を通したって許された。キャンペーンなんておちゃらけたことも実行できた。
問題は、卒業して大学に入ってからのことだった。
短期バイトで、試食販売の売り子をすることになった。そのバイトを選んだのは時給がよかったからで、デパートの食品売り場に立って呼び込みをするなんて、本来だったら気が乗らないことだった。
しかも、それだけではない。ユニフォームとして手渡されたのは、バナナのキャラクターがプリントされた、バナナ色の半袖Tシャツだったのだ。

バナナのTシャツを着ていると自分が自分から離れていくように感じた

「マジか…」という言葉を飲み込み、これを着なければ仕事は始まらないし、まさか「半袖が嫌なので働きません」というのは短期バイトだとしてもどうかと思って、しぶしぶ更衣室へ向かった。
Tシャツを広げると、胸元でバナナのキャラクターがウィンクしていて、さらに着る気が失せたが、自分に言い聞かせる。
「考えてごらん、自分よ。別に毎日着るわけじゃない、ここは地元のスーパーでもないから知り合いにも会わないだろう。大丈夫だ、わたしのことなんて誰も見ない!」
そう、思い切って着て、更衣室を出た。
すると思った通り店員さんは、わたしの方を見向きもせず「じゃあ、あっちでスタンバイしててね~」と指し示す。

売り場でポップを組み立て、いざ試食販売が始まってもおんなじだった。行き交う人々は大きく切られたちょっと高級なバナナにつられてやって来るばかりで、わたしのTシャツもキャラクターのウィンクも特段気にしないという様子。
「ほらね、誰もわたしのことなんて見ないんだ」

「へぇ~、おいしいね、いただいていこうかな」と、買ってもらえるのは嬉しいものの、奇妙な感覚。まるで、自分が自分から離れていくような感じがした。

「いや、いいんだ、これがお金をもらうことなんだ、わたしのプライドなんてどうでもいいんだ、バナナのTシャツがダサくて、わたしのぷにぷにな二の腕がさらされてもかまわない。ユニフォームとは、こういうことなんだ。お客さんが不満を持たず、バナナに満足してくれればいいんだ、わたしは今日だけの売り子、それでいいんだ」
そう思ったが、心で別の声がした。
「――本当に?」

バイトの時間内に「本当に?」に対する答えは出なかった。
バイト終了後、返そうと思ったTシャツは、支給品だと言われてそのままお土産代わりに持たされた。
家に持って帰っても着ないだろうなと思った通り、一度洗ってそのままクローゼットの奥に入れてしまった。

バナナのキャラクターがウィンクしながら、わたしに語りかける

それから何年も経ったのだが、捨てるわけでも、切って雑巾にするわけでもなく、なぜかまだクローゼットの奥に眠っている。

そして不思議なことに、社会人になった今でも、ふとした瞬間、“バナナのTシャツ”を着ていることがある気がするのだ。
別に、実際にそのTシャツを着ているわけじゃない。
「ああ、どうでもいい」と思った瞬間、そのTシャツを着ているような感じがする。

自分や周囲に関心を持つのをやめて、自暴自棄になったとき、わたしはバナナ色のTシャツに袖を通しているような気持ちになる。
そして変わらずバナナのキャラクターは、胸元でウィンクしている。