母は元社長令嬢だ。
私の祖父、母の父の会社がどれくらい大きく、どれくらいのお金持ちだったのかは正直知らない。
ただ母が幼少の頃はお金に困ることはなかったようで、クリスマスには自宅にうず高くプレゼントが積まれていたらしいし、お手伝いさんはいないものの運転手さんはいて、学校まで送り迎えをしてもらっていたらしい。
そして私がなにより驚いたのは、母は幼い頃、デパートは欲しいものを指差せば貰える場所だと思っていたことだ。
お金を出して物を買う、という概念を知らないまま母はそこそこの年齢まで育った。そんな原体験からか母はお金に対しまったくといっていいほど執着心がない。
今でも「大変、お金がない」と口では言いながら、その様子は慌てたり苛立ったりしているようなところはない。傍から見る限りちっとも大変そうではないし、結局どこからかお金を見つけ出し工面している。

社長令嬢ではない私はお金のことは堅実にしまじろうと学んだ

一方、私は社長令嬢ではないし、物を買うにはお金が必要だとしまじろうと一緒にこどもちゃれんじを通してしっかり学んだ。
だからお金はないよりはある方が絶対に良いし、けちけちすること(スーパーで値下げのタイミングを待ったり、少しでも安い交通ルートを検索したり)もある。普通がなんなのかはよく分からないけれど、たまに奮発して松阪牛でお家すき焼きをする、そんな金銭事情の家庭に生まれ育った。

でもお金に執着がない母に育てられたお陰で、私も多少なりともお金に対してのんびり構えている部分があったのだと最近になって気が付いた。

12歳でアメリカにホームステイ、50万円の価値は知らなかった

例えば、小さい頃家族で外食する時に値段が分かるようになっても「高いから頼むのは止めよう」と思ったことはなかったし、習い事でも娯楽でも自分が「してみたい!」と思ったことはピアノでもテニスでも観劇でも遠慮せず、素直に親に頼んだ。
12歳の時、2週間のアメリカホームステイの費用が50万円以上掛ったのは、今なら大きな出費だったと分かる。
小学生ながらに安くはない金額だとなんとなく感じてはいたが、50万円を稼ぐのがどのくらい大変なのかはまるで知らなかった。
私がチラシをおずおずと見せると、母は私を真っ直ぐ見据え「本当にやってみたいの?一人きりで参加出来るのね?」とだけ聞き「やってみたい、出来る」と母の目を見つめ返し返事をした。私の気持ちが本気だと伝わったのか、母はにこやかに微笑み、すぐに手続きをしてくれた。

母がぽつりとこぼした「ごめんね」

それから何年も経ち、私が大学生になった頃のある夜、母はふいに「もっとたくさんのことを経験させてあげられなくてごめんね」と申し訳なさそうにぽつりと零した。
母としては金銭的な意味でもっと制限なく教育や経験の機会を与えてやりたかったようなのだ。
私としては子供に金銭的負担を感じさせることなく、挑戦したい気持ちをいつも応援し、援助してくれた母の子育ての仕方とお金の掛け方を心から尊敬している。
それは母が幼い私にお金に執着する姿を見せず、飄々と生活してくれていたからだと思う。お金に困っているところを見たことがなかったので(実際は家計が火の車になっていた時もあったと思う)私は自由に、思い切り、やりたいことを追求することが出来たのだ。

いつかは私も母のように。お金とのんびり付き合っていきたい

だから私も母のお金に対するその姿勢を少しでも多く受け継ぎたい。
生きていくにはお金が必要だ。金銭的に困窮すれば、贅沢はおろか日々の生活さえ立ちいかなくなる。それでも、母のように、家族に心配をさせず、お金は天下の回り物だと大らかに構え、やりくり出来る人間になりたい。
そして、もしいつか私が子供を授かった時には、その子が金銭面で私の顔色を伺うことなく、私が母にしてもらったように、やりたいことをやりたいと真っ直ぐ言えるような環境を整えたい。
お金はないよりあるに越したことはない、でもお金に執着するのではなく、のんびり付き合っていきたい。