あ、やってしまった、と思った時にはもう遅い。

口の粘膜の内側から、ピリピリと刺すような違和感がある。うがいをしても、水を飲んでも、へばりついたように消えない不快な違和感。やがてそれは喉の奥へ、食道へと侵入する。ああわたしが食べた物は身体のこの部分を通っているんだな、と思うのはこんなとき。

違和感が胃に到達すると、むかむかと吐き気を感じ始める。胃がぐるぐると動いて、食べた物を追い出そうとしているのがわかる。このあたりになると冷や汗も浮かび始める。気持ち悪さに耐えるために、わたしはぐっと目を閉じる。

食物アレルギー原因物質の誤食だ。

卵アレルギーとの、長く壮絶なつき合い

物心が付く前から、食物アレルギーがある。原因物質(アレルゲン)は主に卵。小さい頃は小麦とか牛乳も駄目だったらしいけれど、成長と共に克服して、幼稚園に通う頃には卵だけになった。大人になったら治るよ、と言われていたのに、生まれてこの方二十数年、一向に治る兆しがない。

卵というのは厄介なもので、身の回りの多くの加工食品に含まれている。市販のパンやお菓子やアイスはもちろん、竹輪や蒲鉾みたいな練り製品にも、ウインナーやベーコンみたいな肉加工品にも。

だからわたしの親は食料品の買い物をするときは大抵裏の原材料を細かくチェックしていたし、一人暮らしを始めて自炊をするようになったわたしもそうしている。

コンビニに置いてある定番のお菓子なんかは、もうどの商品に卵が入っていてどの商品に入っていないかなんて覚えてしまっている。と言ってもほとんどのお菓子に卵が使われているので、私が買うのはいつも同じチョコレート。いつもと同じものならば、安心して食べられる。

それでも一年か二年に一度くらいはうっかりアレルゲンを口に入れてしまって、アレルギー症状が出てしまう。「食べたらどうなるの?」と不躾な質問をよくされるので、冒頭に詳しく書いてみた。

ちなみにあの後は、汚い話で恐縮だが、消化吸収器官の中身が全部出るんじゃないかと思うほどの下痢に襲われる。多分、食べてしまったアレルゲンを早く体外に排出しようと身体が反応しているんだと思う。

誤食してから体外に出すまで、大抵数時間から半日程度。その後は、「あー、水分も栄養も多分全部卵と一緒に出て行ったな」なんて思いながら、お腹に優しい物を選んで食べるようにしている。

本当に大変なのはわたしではなく、母だった。

こういう話をすると大抵の人は「大変だね」「ケーキもクレープも食べられないの? 可哀想!」と言う。

違う。本当に大変だったのは、わたしの母だ。

夕飯の材料ひとつ買うにしても、原材料を細かくチェックしなければならない。今日は疲れたからお惣菜を買って帰りましょ、と思っても、卵不使用の惣菜なんて売り場に数点しかない。お弁当に彩りが欲しいわ、なんていうときも、黄色の定番卵焼きが使えない。

わたしにとっては当たり前なのだ。生まれてからずっとそうだから。新作スイーツを手に取るときには原材料をチェックすることも、日々の献立にオムライスとか卵焼きが入らないことも、ファミレスのデザートメニューが一つも食べられないことも、全部当たり前だ。

でも私が生まれるまで二十数年、アレルギーなんて無関係で生きてきた母は、我が子が食物アレルギー持ちだったなんて、すごく苦労したのではないだろうか。母が卵を食べた後の母乳を飲むだけで吐き戻していたというから、母親自身も食事制限しなければならなかっただろう。それまで気にも留めずに食べていたものの原材料を全部チェックするのは気が滅入っただろう。卵を使わない献立を毎日考えるのは大変だっただろう。

それなのに、そんな苦労を感じさせずに、母はわたしを育ててくれた。母の苦心を想像もせずに「みんなと同じものを食べられなくて嫌だ」と泣いていた幼い頃のわたしを見て、母は何を思っていただろうか。

食べたいものを食べられる「いつも」に安堵。

恥ずかしながら、母が苦労してわたしを育ててくれたであろうということに、大人になるまで気づかなかった。周りの人々は、新商品のアイスを「おいしそう!」と言って原材料表示なんて見ずにそのまま買い物かごに入れる。「面倒だから今日は卵かけご飯にしちゃう」なんて話もたまに聞く。わたしが育った環境ではありえない「普通」の光景だ。

わたしは、自分自身何不自由なく育ったと思っているけれど、その裏ではきっと母が色んな「自由」や「楽」を奪われていたんだろう。

実家を出て一人暮らしを始めて数年。先日帰省したとき、「あらヤダいつもの癖で原材料見ないでアイス買っちゃった。ごめんね。卵入ってたね」と母に謝られた。

「大丈夫だよ。お母さんが食べたいアイスを買うのがいちばんだよ」とは気恥ずかしくて言えなくて、わたしは代わりにと母が出してきたお饅頭をおやつに食べた。和菓子は卵を使わないものが多いから好き。

何が入っているかなんて神経質にならずに、食べたいものを選んで買える。現在の母の「いつも」がそんな生活であることに安堵する。そして同時に、実家で暮らしていた頃の自分がどれだけ母に守られていたかを実感するのだ。

※文中にある食物アレルギーの症状の描写は、筆者個人の体験によるものです。アレルギーの症状は人によって異なるため、食物アレルギーをお持ちの方すべてにこのような症状が出るわけではありません。