「かわいい」小学生の時、私にある男子が言ってきたことがある。
きっと面白半分で言ったのだろう、私は“ブス”だから。そして私には、“かわいい”って言葉が自分には似合ってない、不似合いな言葉として映った。

そう「ブスだから、かわいいは似合わない」その言葉は、21歳になった私にもずっと呪いのように残っている。

毎朝、鏡を見ては「私の顔不細工メーター」が変化していた

そんな私が嫌で、“かわいい”って言葉が似合う女の子になりたくて、顔はどうしようもないから言葉遣いとか、食べ方とか、しぐさとか頑張った。

でも、不細工な顔には勝てなかった。そして「ブスだから」という言い訳も、呪いも解けていない。

毎朝起きて鏡を見て「ああ、今日はましな顔だ」とか「今日の顔ひどっ」とか思い、心の中の『私の顔不細工メーター』が高くなったり、低くなったりしている。これでもよくなったほうだけど。

去年の話だ。サークルの人とご飯に行ったとき、男の先輩がこう言っていた。「今年の2年生(当時私は大学2年生)の女子って○○ちゃんと○○ちゃんがかわいいよねー。男子は○○が格好いいし、○○はいい子だし」

そのときいた同期メンバーは、男子1人だけで、その先輩が言っていた“かわいい女子”に私は入っていなかった…。

お酒がかなり入っていたから考えすぎかもしれないが、遠まわしに私に対して「かわいくない=不細工って言ってる?」って感じてしまった。別にその先輩にかわいいと言ってほしかったわけじゃないけど、そう感じたら悔しかったし、とても許せなかった。なんで人を容姿だけで判断するんだろう。なんですごくわかりやすく私に対する容姿批判をするのだろう。

容姿批判されたのが嫌だったのに、自分自身がルッキズムになっていた

それから,その先輩と関わるたびに「あー、今日もどうせ『ブスな顔だなこいつ』とか思ってるんだろうなー」なんて考えてしまい素直に対応できなかった。そして、おそらく他の理由(サークルの練習量とか技術とか)もあるのだろうが、“明らかに”ほかの女子メンバーと私では、その先輩の対応に差があったように感じた。

そこまで考えてしまったら、あの発言は確かに私に対する容姿批判だったんだとますます確信し、今まではあった顔に対するちっぽけな自尊心は蝕まれていった。

サークルに行くたびに“かわいい”女子メンバーには劣等感を抱き、“そうでない人”にはなぜか勝ち誇ったように見る。

容姿批判されたのが嫌だったのに、私はいつの間にか自分自身がルッキズム的になっていた。自分の顔ってこの中では、あの人的にどのランクなんだろうなんて考えてみたこともあった。

批判されたために、好かれたかったんだろうか。今思うとすごく気持ち悪い。

他人の顔と違う自分の顔の好きなとこが「かわいい」んだ♡

それから今まで、その先輩も引退し上記のようなことは考えなくなった。

まあその先輩に会ったときは、あんな風に言われたってこととかサークルに行くたびに自分とか他人の顔を見定めていたこととか思い出すけど、自分の顔がどう思われているかなんてとくに気にしなくなった。

たぶんそれは、今年の4月zoomをよく使うようになってから、自分と話してる人の顔がバーンって画面に映るのに慣れ、他人の顔と比較して自分の顔の他人と違う好きなところに気が付いたからかな。

言うのは恥ずかしいけど、笑って目が小さくなる自分の顔がめっちゃ好き。きっとその顔は「かわいいんです」そうやって、自信もって言えるよね。そうであるといいな。

「ブスだからかわいいは似合わない」と思い込んでいた呪いが早く解けますように。過ぎてしまった七夕に願いを込めて。