「え、もう別れて10年経つんだ」
高校2年生で付き合った彼が誕生日に贈ってくれたシルバーのブレスレット。久しぶりに着けようかと取り出して気付いた。私は物に罪はないと考える派で、気持ちが吹っ切れると時々使うようになる。ただし、まるで恋人と会っているみたいな態度で使っていたのに「今日の服装には必要だから使うかな」という淡々とした態度に変わってしまう。そんな私が変わらずに大切にしているもの、それは音楽だ。

私は人見知りで自分から声を掛けられるタイプではない。中学校よりシビアな目を持つ高校のクラスメイトたちからどう見られるのだろうかと新学期に不安を抱いていた。春休み中はネットで『新しいクラス 馴染む方法』と何度も検索をしてはソワソワした。

ネットで紹介されていた ①笑顔を心掛ける②おはようの挨拶をする をさっそく新学期初日から試してみた。教室のドア前でまず笑顔を作る。緊張で顔が引きつっているのが自分でも分かる。そして、おはようを言うぞ!と意を決して教室の中へ入る。「お、おはよう」小さい声でなんとか言えた。教室の前方に座っていた男子が「おはよう!」とにっこりしてくれる。彼がいずれ私の恋人になる人だった。「反応してくれる人がいて良かった」安心して他の子にもおはようを言っていく。

おはようタイムのおかげでクラスと彼に馴染んでいけた

私は翌日も翌々日も笑顔でおはようを言い続けた。少し余裕が出てきたので周りを観察すると、おはようタイムにいるメンバーがだいたい同じメンバーだと気付いた。彼は早くもクラスに馴染んでいて、いつもクラスメイトに囲まれていた。「人気者はすごいなあ、私には無理だなあ」遠目に見るだけで彼とおはよう以外に話すことはなかった。付き合い始めてから「実は、かおちゃんとおはようを言い合うために朝早い登校を続けたんだよ」はにかみながら彼が明かしてくれた。

ひたすら笑顔とおはようを心掛けて半年経った頃、話せる友達もできて学校が楽しくなっていた。当時、自分の日記などを公開するホームページ作りが流行っていた。私もようやく完成させた日曜の午後、彼からホームページにメッセージが届いた。びっくりしたけれど、誰とも分け隔てなく関わる彼にとっては特別なことでないんだろう。アドレスを交換してメールのやり取りが始まった。彼はお笑いや漫画が好きで、話題豊富でおもしろかった。いつしかメールが届くのを楽しみに待っていた。そうして距離を縮めていき、付き合うことになった。

彼のライブが引き寄せてくれた音楽との出会い

ある日、彼が友達とバンドを組んだのでライブを見に来てほしいと誘ってきた。自分の好きなロックバンドの曲を歌うらしい。「彼の言うことなら」という義務感でCDを借りて聴いてみることに。テンポが早い。歌詞カードを見ながらでないと聴き取ることができない。最初は戸惑った。でも、ライブの演奏曲を中心に繰り返すうちにボーカル以外の音も聴き取れるようになった。するめの旨味が口の中で広がる時みたいにベースの低音やドラムのソロ演奏など音楽のかっこ良さをじんわりと感じられてきた。卒業時には疲れ果ててしまうほど夢中だった、小学校の吹奏楽部での日々も掘り起こされた。
「私、音楽が好き!」彼のライブは楽しかった。ライブ後も熱は冷めず、暇を見つけては音楽を聴いた。

恋が終わっても音楽は鳴りやまない

永遠に続くと夢見ていた彼との関係は高校で終わってしまった。でも音楽はなんてことない日も人生の節目の日も側に居続けてくれた。
バイトを始めてライブに行けるようにもなった。部屋での音楽は耳から脳や心まで行き渡る感覚だけれど、ライブ会場では足の裏から全身を包み込まれるように音楽が響く。
同じ曲を聴いても、心の状態によって違う顔を見せてくれる。ある時は背中を押してくれて、またある時はそのままの自分を受け止めてくれる。人見知りな私が大好きなロックバンドの音楽についてならいっぱい話せた。自分から声を掛けられない私がSNSでファンと繋がり、友達ができた。
音楽は忘れられない恋の思い出とともに、これからもずっと大切なたからもの。