今年の2月で、通っている大学への合格が決まって2年になった。そして、今年で大学も3年目。さらに、一人暮らしも3年目突入を果たした。
1年、2年、3年と大学に通いつつ一人暮らしをしていると(3年は世間の事情の上、通いではなかったが)、この街にずいぶん慣れたものだと時々思う。
しかし、高校卒業までの18年間を過ごしてきた地元は、やはり忘れられないのだ。そのため、ここでは、高校時代の受験エピソードと絡めて地元の思い出を書くことにする。
志望大学に行くため、「一人暮らし」は避けられなかった
まずは、一人暮らしのきっかけ。実をいうと、私の実家は首都圏にあり、そして今通っている大学は東京都内だ。しかし、実家から大学まで通うとすると、軽く2時間以上はかかる。そのため、今の大学に通うのであれば一人暮らしは、覚悟しなければならなかったのだ。そんな中でも私は、どうしてもその大学に行きたかったため、受験することを決意した。
タイトルにある“22時44分発”の具体的な話をする前に、これは何であろうか。それは、おそらくこれを読んでくださっている方なら(いや、誰であっても)わかるかもしれないが、公共交通機関(電車)の発車時刻だ。
塾の授業が終わり、22時44分の電車に乗るために走り続けた
当時、私は大学受験のために塾に通っており、平日と土曜日は22時30分までみっちりと勉強をしていた。具体的な話をすると、22時44分は「塾から帰るため」の電車の発車時刻なのである。
ちなみに、塾から駅までは徒歩5分強かかる。しかし、計算していただければわかるが、私が塾での勉強を終えてから電車が発車するまで、わずか14分しかないのである。しかも、先ほど「22時30分までみっちりと勉強をしていた」と申し上げた通り、22時30分に勉強を終えるだけであって、塾から歩き始めたというわけではないのだ。
さらに悪いことに、私は片付けが遅い。結果として、すべての片付けを終え塾を出るのが22時40分を過ぎることは少なくなかった。
そこからはスマートフォンの画面をにらみつけながら、駅まで走り続ける続ける…。時には、駅の改札に向かうエスカレーターに着いた時に43分を示していることもあった(まあそんな時は、44分発の電車を見送り、さらに4分待つことになるのが落ちだったのだが)。
しかし、その頃の私は体力があったものだと今では思う。
地元に帰省した時、高校生の頃の懐かしい気持ちを思い出した
先日、というのもずいぶん前の話だが、帰省した時に、ふと塾の最寄り駅の時刻表を見た。そして、当時使っていた路線の時刻表に目をやった。すると、“22時44分発”の表示が。しかも、行先まで当時のままであった。
その時、すごく懐かしい気持ちとと共に受験生時代の思い出が走馬灯のように過ぎていった。
一生懸命スマートフォンのアプリで英単語を覚えたこと、自宅の最寄り駅からの帰り道、失恋ソングを聴きながら勝手に涙したこと、これは自分のことではないが、電車の中で酔っ払いの人が吐いて乗客の人が駅員さんに怒っていたこと、本当にいろいろな思い出が頭の中を駆け巡った。もちろん、上にある塾から駅までダッシュしたこともだが。
あの頃から何年も経っていないのに、すごく昔に感じる。違う環境での生活に慣れるとはこういうことなのだろう。元の環境の生活がすごく昔に感じ、懐かしくなるということ。
“22時44分発”、他人にとっては、ただの電車の発車時刻かもしれない。
しかし、私にとっては大切な地元での思い出の一つだ。今は、その存在が消えないよう祈っている。