ある土曜日の昼下がり、とても緊張してこの日を迎えた。
今日は同棲をスタートするにあたり、事前にご近所に挨拶回りをしに行く日。
数週間前から、どんな人たちが住んでいるんだろう……とわたしは心配をしていた。
だが、わたしは心配よりも大きなモヤモヤを抱えていた。

同棲の場合、名字はどう名乗ればいいの?

簡単な手みやげを握りしめ、足早に新居へ向かう。
わたし達の部屋は小さなマンションの2階。上下左右の4世帯に向かう。

インターホンを鳴らすと出てきたのはどこの部屋も30代半ばのファミリー。
彼が簡単に挨拶をし、意外とあっけなくその日は終わった。

挨拶に行く前、「名字はどう名乗ればいいの?」という疑問が頭をよぎる。

大人相手に、「隣に引っ越してきました〇〇と〇〇です」と2人の名字を別々に名乗るのはなんだかおかしいような気がする。一般的に考えても良い印象にはならないことも想像できる。

どうしたものか、と思い彼に相談してみたところ、悩むこともなく「俺の名字でいいじゃん」とあっさり言われてしまった。

わたしは、あんなに悩んでからやっと話すことができたのに。のどからそう言葉がでてきそうになったのを、なんとかこらえた。

だって、まだわたしたちはまだ結婚してないじゃない。

未婚なのにもう自分の名字は呼ばれない

挨拶では、事前の打ち合わせ通り彼の名字のみを伝えた。
和やかに挨拶回りを終え、彼はすっきりした顔をしていた。そんな彼を横目にわたしは複雑な気持ちが増していくばかりだった。

その理由はご近所さんに顔を合わせたとき、「これからこの人たちにわたしも彼の名字で呼ばれることになる」という紛れもない現実を目の当たりにしたからだ。

いずれは結婚を見据えての同棲ではあるが、この事実はそう簡単に自分自身の中で受け入れることができない。

わたしは、彼の苗字ではないのに自分の苗字を強制的に捨てることになったと感じている。

「たかが苗字」
そう思って気にしない人も多いかも知れない。
たとえそう感じる人が大多数だったとしても、わたしは理屈通りに割り切ることはできない。

苗字を変えたら、この世から自分が溶けてしまう気がした

「結婚したら男性の苗字に女性は変えることが当たり前」という風潮はいまなお根強い。

夫婦別姓を選ぶ場合は、それなりの理由と話し合いが必要となる空気がはびこっており、未婚のわたしから見てもかなりハードルの高いものに感じる。

その前提があるからこそ、本心を彼に話すことができなかった。

わたしは、彼と結婚をしたら夫婦別姓にしたいと考えている。ずっと前から頭の片隅にあったことだったが、正直あまり考えないようにしていたのだ。

彼は優しくて、普段の関係はとても上手くいっている。順調だからこそ、彼にNOをつきつけられ、この関係性にヒビが入ってしまったら……と不安になる。

独立しながら、ただお互いを支え合っていきたいのだ

「苗字くらい」
で関係が上手くいくのであれば、もしかしたらわたしも苗字を変えてしまうかもしれない、とふと考える。

話し合いを持たずに、本心を隠して苗字を変えたとしたら、わたしは一生後悔するだろう。

彼と一緒に居たいけれど、簡単に彼の苗字になることにも心がとても追いつかない。
独立しながら、ただお互いを支え合っていきたいのだ。

名字を変えるか、別姓にするか選択するときは、もう少し先だと思っていたのにな。