わたしと戦争には距離がある。
わたしは戦争を知らない。
過去にこの国で戦争があったことは知っている。

近づいたり、遠くなったり…変化していく私と「歴史」の距離感

中学時代、歴史の教科書や資料集を隅々まで読んだ。受験が終わり高校に入ると、日本史は地理との選択科目で、わたしは後者を選び、日本の歴史からなんとなく距離ができた。再び受験が終わり大学に入ると、今を楽しむのに夢中で、また歴史から距離ができた。社会人になった今、歴史のことよりも明日のこと未来のことを考えていかないといけなくなった。また歴史と距離ができた。

距離が遠くなるにつれて、あんなに必死に覚えたものが薄くなっていき、記憶に正確に残っているものは少なくなった。それでも教科書を隅々まで読んだくらいだから、細かい年号なんて覚えてないけど、単語を耳にすれば「あぁ、あれね」と思い出せるくらいではあった。だからこの国であった戦争のことは、経験はしていないけれど何となくは知っていたつもりだった。

日本での最後の戦争、第二次世界大戦で、学徒動員、特攻隊など使えるものは全て使い、アメリカに二度も原爆を落とされ、多くの人が亡くなり、終戦を迎えた。
わたしの薄まった歴史の記憶の戦争は、なんとなくそんな感じ。

戦争の歴史を勉強していたはずだった…けど、私は事実を知らなかった

しかし、大人になってからテレビである舞台映像を観た時、わたしと歴史との距離が再び縮まった。
『エッグ』という舞台だった。エッグという架空のチームスポーツで、オリンピックを目指すという話だった。しかし、エッグには「記録を残してはいけない」という奇妙なルールがあった。スポーツなのに?
話が進行するにつれ、徐々にその謎のスポーツエッグの正体が明らかになる。エッグとは、言葉にできないほど残酷な“人体実験”を表現していた。第二次世界大戦中、日本が満州で行った細菌兵器開発のための実験だ。その検体は、日本に捕まった中国人やロシア人だった。劇中のエッグのチームとは、日本の『731部隊』そのものであった。

わたしは、この舞台を観てはじめて731部隊のことを知った。衝撃だった。
自分の中の戦争という“エッグ”をつい落として割ってしまうと、思っていた中身と違った。そんな衝撃だった。
歴史から遠ざかっていたとはいえ、こんな大事なことを、忘れていたのだろうか。
学校から指定された教科書や資料集を隅々まで読んでいた中学生時代のわたしは、この事実を見つけていたのだろうか。
あまりにも非人道的であるその実験の証拠は、終戦後、現地で焼かれた。
そのため、日本側としての資料はあまり残っていない。だから教科書には載っていなかったかもしれない。
わたしは与えられた知識の範囲で学んだ気になっていた。自分の無知を恥じた。

教科書にはない「戦争」の真実を知り、考えていきたい

毎年8月になると、戦争や原爆の特集が組まれる。
その中身は、多くの人が日本で亡くなったことを伝える内容がほとんどのような気がする。
教科書やテレビの知識で出来上がったわたしの戦争のイメージでは、日本はどちらかといえば被害者だった。「戦争で亡くなった人たち、かわいそう」とピュアで素朴な感想を求めているかのようだ。
テレビで舞台を観て、その事実を知ったとき“かわいそうな日本”が覆った。日本に原爆を落としたアメリカ、満州で人体実験を行った日本。どちらも加害者ではないか。

戦争や原爆の記憶を語り継ぐ。しかし、多くのそれは日本目線でありすぎるように思う。“戦争”である限り、やられるだけではなく、やっていたはずなのだ。
もちろん日本だけではない。世界では今でも紛争が起きている。
記憶を語り継ぐ目的は、過ちを繰り返さないためではないのか。そのために、過去や現在を見つめないといけないのではないか。

それなのにわたしは、繰り返してはいけない日本の歴史の一つ『731部隊』の存在を知らなかった。詳細を知れば知るほど目を背けたくなるような内容で、日本が嫌いになりそうだったが、それでも知らなければいけないと思った。歴史は変えられないが、せめて事実を知り考えることで、亡くなった罪のない方たちの思いを未来に繋げていきたいと思ったからだ。

わたしは戦争を知らない。
過去にこの国で戦争があったことは知っていても、その中身まではわかっていない。
きっと一生をかけたって、あちこちにヒビを入れて、そこから中身を覗く程度。全部なんてわからないと思う。
わからないけど、当時の人も現代の人も「戦争なんて二度と起きて欲しくない」と思っていることは想像できる。わたしも強くそう願う。

だからわたしは、教科書にはない戦争の歴史に自分から近づいて殻を叩く。
日本で起きたことも、日本が他国にしてしまった非人道的な事実も、殻を割ってしっかりと向き合っていきたい。