去年の秋、母ががんになった。
私は23歳、母は50歳。
まさかこの歳で親の死を意識するとは思っていなかったので、まさに青天の霹靂だった。

今は経過観察中だけど、手術や抗がん剤治療でバタバタしていた去年の秋から冬あたりが精神的に一番つらく、毎日泣きながら眠りについた。
たぶん生まれて初めて寂しいと感じた。
誰でもいいからそばにいてほしいし、話をただ聞いてほしかった。
私は男の人を知らないけれど、抱かれるという選択肢もひとつアリなのかもしれないと、割と真面目に思った。
そうしたら、この気持ちも収まりがつく気がして。
でももちろんそんな事はしていない。連絡できるような男性はいないし、風俗にお金をかけるのも後悔するのが目に見えた。
今文章にしていてもばかばかしくて恥ずかしいけれど、それでも心が弱るとどうして人は見えない誰かを求めるのだろう。

そして、がんが発覚してからもうすぐ一年になるけれど、いまだに不安は大なり小なりつきまとうし、心が弱ってしまう夜は人肌恋しくなる。

母の病気への不安を周りと共有できなくて

私は薬剤師を目指して勉強中で、来年には国家試験を受験する。
世間一般の人より知識はある分、今後どうなるか不安だった。
もしかしたら5年と一緒にいられないかもしれない。
これから先の人生にも母は存在して、結婚式のドレスを一緒に選んだり、子育てを手伝ってもらったり、そんな未来を漠然と想像していた。

普段から人に頼ることが苦手な私は、この不安を父に相談していない。
もちろん母にも。
今は離れた場所で大学生活をしている分、余計な心配はかけたくない。
だから今回の事を友達に話した。誰かに慰めて、励ましてほしくて。
ただ、これも上手くはいってない。

話した友達が医療系の子が多かったからか、はたまた親の死を感じ取れる年齢ではないからか、重い空気になって話が流れるか、世間話程度で終わることが多かった。
私の伝え方にも問題はあるし、空気を重くしたくなくてライトに伝えたために、相手に事の重大さが伝わらない。

一人だけ、私自身がどうしようもなくなってしまって、泣きながら母の事、自分の気持ちを伝えた友達がいる。その子は私が必要とする以上に気にかけてくれる。
ただ、彼女にも最近恋人ができた。

苦しい時、私には駆けつけてくれる存在がいない。

彼女はもう一年以上、仕事やプライベートが立て込んでそのつらそうな様子を見てきて、恋人ができて嬉しそうな彼女を見ていて、私も嬉しかった。
と同時に寂しくもあった。
彼女にはこれから先、彼女自身が苦しんだ時に真っ先に駆けつけてくれる存在がいる。

でも私にはいない。
これは決して彼女への嫉妬ではなくて、私自身の気持ちの話。
家族や友達とは違う、お互いを想いあえる存在がいない私自身が、何だか空っぽで透明な存在のような気がした。

SNSを見れば、恋人や家族、友達に会っている友人たちの写真が並んでいる。
一方の私は、3月からほぼ自宅にこもって机に向かう日々。
机の前の壁に貼られているゴロが書かれた付箋を眺めていると、妙に空しくなった。
勉強するのは全く苦しくないけれど、自分の努力が正しい努力なのか分からないことが苦しかった。

でも、病気も、恋人がいないのも、勉強に不安を感じるのもしょうがないのだ。
病気はなるようにしかならないし、必ず国家試験に合格して実家に帰って、たくさんの時間を母と過ごすくらいしかできない。
恋人がいないのもしょうがない。私の努力は足りないし、縁もなかった。社会人になれば環境も変わるけど、今は少し疲れているので当面は考えたくない。
勉強は、ひたすら勉強するしかない。

まだ起こっていない「かも」に振り回されず、後悔のない結果につなげたい

悩んでも仕方ないのだ。時間しか解決策がないから。
そして何より、こんな悩んでもしょうがないことで毎日めそめそしている自分に一番腹が立つ。

親が亡くなるかも、恋人ができずに一生独りかも、国家試験に合格できないかも。
全部「かも」。まだ起こってもいないのだ。
母に言われるまま薬学部に入学して勉強する中で、ようやくなりたい薬剤師像が見えてきた。
勉強したいこともできた。
患者さんのためになれる薬剤師になりたいし、そのためにはこんなところで立ち止まっていられない。

何より、この「患者家族」という立場になることで初めて患者側の悲しさを実感することができたのに、これを将来の自分の仕事に活かさないで何と言えるだろう。
たぶん同年代の薬剤師よりよっぽど患者想いの薬剤師になれるのではないだろうか。
いや、ならなきゃいけない。
母の病気を経て感じたつらさも苦しさも、全部正しく意味のある経験にしたい。

最近、芸人の又吉さんが「つらいのは、嬉しい出来事が起こる‘フリ’だと思うようにしている」と言っている動画を見た。
そうそう、私のつらさも全部‘フリ’。
どうせ起こるか分からないことを考えて鬱々とするくらいなら、合格してからの楽しいことややりたいことにだけ想いを馳せよう。
こんな状況もあとたったの半年。
悔いのない結果を残したい。