ずっと何かに追われていた高校生最後の夏、受験生の私は恋をした
いつもと違うコロナ禍の夏休み。私は一人旅に出かけた。目的地までの道のりは、淡い恋の思い出の場だった。
練習の多い吹奏楽部と、進学校ゆえの難関レベルの課題や授業を必死にこなしていた高校時代。JKのうちは、恋愛は諦めよう!と割り切っていたけど、恋をした。高3の夏の終わりだった。
塾が同じで、自習室の勉強位置が目の前だった。路線は違えど、塾から帰宅する電車の時間も同じだった。そんな感じだったので、自然と一緒に過ごす時間が増えた。LINEで会話を重ねていくうちに、お互いに恋心が芽生えた。しかし、二人とも進学校の受験生。堂々と恋愛できる状況ではない。だから、「受験が終わったら付き合おう。」と約束した。
自分の母校には、毎年秋に歩く会という行事がある。1000人近くの全校生徒が、二列になって二日間かけて70kmを歩く。受験生でもだ。詳しくは、恩田陸さんの『夜のピクニック』を読めばわかるだろう。原則、歩く会の一日目はクラス単位で歩くことになっている。しかし、日が暮れた後は無法地帯になって、クラスの垣根を越えて自由に歩く生徒も少なくない。その中で、「歩く会マジック」というジンクスがあった。良い感じの男女が並んで歩く。そこからカップルが生まれる。そんな魔法に、多くの生徒が憧れを持っていたものだ。私もその一人だった。
夜のピクニック、彼と手をつないで歩く愛おしい時間に永遠を願った
恋人一歩手前の私達は、歩く会で一緒に歩くことに決めた。歩く会マジックの前に魔法にかけられていたけれど、受験生でもできる恋愛っぽいことをしたかった。
歩く会当日。日が暮れて真っ暗な田舎道で、私達は歩いた。周りの冷やかしはあったけど、歩く会の誘導やサポートをする先生たちにも私達の関係がバレて恥ずかしかったけど、ふたりで歩くことを思い切り楽しんだ。いつも奥手な彼なのに、手を繋いできてくれた。しかも恋人つなぎで。あたたかくて、しっかりした優しい手。そのぬくもりをしっかりと受け止めた。二人で歩き始めるまでに30kmくらい歩いていたのでヘトヘトだったけど、彼と手を繋いで、他愛のない話をして足を進めた時間はいとおしかった。ずっと続いてほしいなと思うくらい、幸せだった。JKというより高校生(女子)だった自分にとって、高校生活唯一の青春だった。
しかし、この恋は実らなかった。お互い受験に失敗し、彼からの「ごめん、つきあえない。」という一言で、私達の関係は終わった。
ひとり辿るほろ苦い思い出は何だか心地よく、前進のきっかけをくれる
数年後。青春の恋にあこがれる女子高生だった私は、恋を封印した女子大生になった。一方で、彼にはすでに愛する人がいるらしい。一人旅で選んだ場所は、ちょうど歩く会で二人で歩いた道を通らないとたどり着けなかった。ちょっと苦いけど、たどってみた。目の前に映る景色は、見覚えがあった。当時歩いたのは、夜で真っ暗だったが、昼間歩いても「ここだ。」と実感できた。
このあたりで手を繋いだんだっけなぁ。とふたりで歩いた時間を振り返った。もし付き合っていたら、どんな恋をしていたんだろう。大学生活も全然違ったのかもしれないな。そんな思いにふけりながら私はひとり、目的地に向かった。あの頃のようなトキメキや喜びはなかった。むしろ虚しいものだった。それでも、自分の人生の中で大切な思い出を振り返ることは、なんだか心地よかった。たとえ結末が悲しいものでも、前回この道を歩いていた時は幸せだった。そういうことに気づけたのだから。
そろそろ、ちゃんと愛する人を見つけたい、恋愛と向き合いたい。そのように、昔の未練と決別するきっかけにもなった。前進するのだ、自分。