大学1年の春、先輩との出会いがオーケストラの扉を開いた
私には尊敬している先輩がいる。
その先輩との出会いは大学1年の4月まで遡る。ずっと憧れていた音楽系サークルに入るべく、サークルの見学をしていた。
最初に訪れたのはオーケストラのサークルだった。中にいた部員と軽く話をした後、楽器体験へと移っていった。貴重な体験だとは思いつつも、どうもしっくり来ることはなく楽器体験は終了した。
そろそろ帰ろうかと思っていた最中、先輩は現れた。聞くとヴィオラという楽器を弾いているらしい。耳馴染みのない名前だった。せっかくなので楽器体験をお願いすることにした。
楽器を構え、鳴らした瞬間に気づいてしまった。私の求めていたものはこれだ…!と。レッスンの如く細かい指導の楽器体験は日が落ちるまで続いた。
それからというものの、私の頭はこの日のことでいっぱいだった。あの先輩からヴィオラを教えてもらおうという気持ちが決定打となり、オーケストラの世界へと飛び込んでいくことになったのだった。
上手くなりたいと背中を追いかけ続けた人へ、ついに告白
初めての弦楽器…、覚えることはたくさんあった。でも、先輩のように上手に弾けるようになりたくて必死で追いかけた。
隣で弾けることが嬉しくて、アドバイスをくれた日には気にかけてくれたと有頂天になる有様だ。loveもlikeもrespectも全部ひっくるめて、私は先輩のことが好きになっていた。
でも、恋愛に臆病であるあまりに恋心を認めてあげられなかった。自分の気持ちを殺し、先輩後輩として接することに努めた。
地道な練習が実を結んできたのか、初めて1年半を過ぎたころから実力が認められ始めた。
「先輩の演奏姿に似てきたね。」
当たり前だ。1番近くで見て教えをもらっていたのだから。
この言葉を言われるたびに先輩に技術が追い付いてきたと感じ、嬉しくて堪らなかった。
時は流れ大学2年の冬、ついに自分の代が中心の年がやってきた。
そして、自分の代の途中で先輩がいなくなると実感した。先輩の卒業姿を想像して私はいつも泣いていた。こんな想像を毎日しているのだから、そろそろ口に出してもいいだろう。「私は先輩が好きだ。」
気づいたからには卒業前に伝えようと決心し、私は人生初の告白をした。
夢のようなデートから連絡は取り合うものの、核心に触れられない関係
2週間経って返ってきた返事は「二人で会ってみて考えたい。」
保留ではあるが、前向きな回答だった。コロナの大流行で数か月会えなかったが、その間ほぼ毎日連絡を取り合った。人と会う機会が減った分、先輩とのコミュニケーションが1日の楽しみになっていった。
ようやく外出が認められ始めたころ、ついに2人で会うことになった。対面で会うのは告白して以来で5ヶ月振り。駅で待ち合わせをして昼食をとり、水族館に行くといういかにも王道なデートだ。
先輩後輩の関係性は拭えないにしろ、社会人と学生と立場が変わった今の方がずっと親密になっていた。こうして先輩と2人で出かけていると過去の自分に言っても信じてもらえないに違いない。夢のような、そんな4時間だった。
デートが終わってからも、また連絡を取り合う日々が続いた。離れた状態でもやり取りできる幸せを噛み締める。その半面、いつまでも核心に触れてもらえないことに憤りを感じ始めていたのも事実だった。
いつも先輩がいた大学生活。抱えきれない感謝と思い出を胸に前へ
告白をしてから半年経ったある日、ついに限界を迎えてしまった。
ずっと恋人未満の関係性でいるくらいなら、早く答えを聞いて次の段階に進みたかった。2度目の告白をしよう。今度はYesかNoの2択で。
デートの約束を取り付け、前回と同じ駅で待ち合わせる。店に移動し食事をしたが、タイミングがなく伝えられなかった。とにかく解散を防がなければと、駅周辺の散歩に誘った。
その間、手を繋がれることも恋愛話がされることもなく、私たちは展望デッキへ行きついた。2人が座れるくらいのベンチ、人目を気にせずに話せる空間。言うのならここしかなかった。
ベンチへ座り、ついに究極の2択を提示した。何秒か沈黙が流れた末、先輩が口を開いた。答えはNo。気持ちに応えられないと告げられた。こうして長きにわたる私の恋愛物語は幕を閉じた。
ようやく返事が聞けてすっきりはしたが、悲しいものは悲しい。振られた次の日は何もできなかった。ただただ先輩のことしか考えられなかった。
はじめましての楽器に出会えたこと、はじめて追いかけたいと思えた人、はじめて告白の言葉を口にしたこと、はじめての2人きりのデート…。
気づけば、大学生活を先輩なしで語ることができないくらい心に根付いてしまっていた。でも、もう離れて自由にならないと。
ありがとう、好きだった人。私は髪をショートにした。