私は台灣に住んでいる。

亜熱帯と熱帯気候が混ざり合って、暦上の四季は端正に卓上にあるものの、感覚上は明白に二季しかないこの土地の夏は極めて長い。短くも濃厚な冬を三月頃に終えたあと、じりじりだらだらと十月半ばまで続くこの長い長い夏に、私は救われた。

三年前の夏、抱えきれなくなった私は誰にも言わずに日本を発った

三年前の夏、仕事を辞めて、逃げるために台灣に来た。
考えることを止め、日本から離れればいろんなことが変わるに違いないと、太陽光に浮かぶ埃のように愚かで綺麗な幻想と、それと表裏一体のくっきりとした現実感を綯い交ぜに、台北にある松山空港に降り立った。
台風が続く中、珍しい晴天だった。台灣が、運命が、私を受け入れてくれているのだと感じてホッと胸をなでおろした。あの時は自分のひと呼吸ひと呼吸、一歩一歩に天命らしき理由をつけなければたちまち生きていくのが辛くなってしまう時期だった。

何故だろうか。この二十数年間、私が今この顔に微笑みを浮かべた理由、口紅の色を変えた理由、スカートを穿いた理由、諸々全てのことに他人から、私の知らない、思いつきもしない理由が賦与されてきた。そして私は、いつもそれらをまるで自分自身の業であるかのように黙って受け入れて生きてきた。みんなあらゆる偶然と無意識の中を生きている癖に、私に偶然は、意思は、ひとつとして許されなかった。

そして、抱えきれなくなったからここに来た。ここまで、こんな量を私もまた無意識に抱えて生きていることに気が付きさえしなかった。せめて最後に、ポケットからはみ出した業だけは片手ではたき落として、誰にも言わずに日本を発った。

強烈な暑さ、生々しい匂い、張り付く汗。混ぜこぜな空気が心に沁みる

新居へ着いてすぐパン屋へ向かう道すがら、コンビニの扉の開閉と共に漏れ出てくる冷気に混ざる茶葉蛋の、とにかく嗅ぎ慣れないにおいに眉を顰めた。八月の台灣は、強烈な直射日光とアスファルトの照り返しが放つむわっとしたむせ返えるような生々しいにおい、オートバイの排気ガスで空気すべてが満ちていた。お世辞にもいい空気だとは思えなくて、ぐっと息を止め一歩一歩、歩き続けた。

身体の中から美しく。天然水のウォーターサーバー、有害物質を除去する空気清浄機。女と女らしさの狭間の中でマナーとしての身だしなみ。電車のホームに無言で並び立つファッション広告。それが日本にいる私の生きていた世界だった。そして、そんな無垢こそが美なのだと信じていた。

それなのに何故だろうか。止めていた息を爆発的に吐き出して、初めて肺腑の奥に吸い込んだこの台灣産の混ぜこぜの空気に一瞬で心を撃ち抜かれた。懐かしさがひたすら心に沁みて、ほっと息をつく。日本よりもはるかに大きくまるい太陽から放たれる光線のもと、大量の汗を身体に這わせて歩く。日焼け止めも塗らないまっさらの肌に日光が入り込む感覚をひしと感じながら、また歩く。

酷暑の中崩れていく美しさ。初めてそれでいいと自分に言えた

駆け込んだパン屋の店員は、そんな私を見てギョッとした顔を浮かべ二、三枚のティッシュをそっと手渡してくれたけれど、次から次へと流れてくる汗をそんな少しのティッシュで拭きとれるわけもなく、ただよれて滓のようになったティッシュが首にこびりついた。

排気ガスの中で汗まみれ、ティッシュまみれの私。必死の思いで帰宅した私の、中も外も決して綺麗とは言い難かった。少なくとも、私の崇拝してきた美しさではなかった。

なんとなくオゾン層薄めの直射日光、早朝夕方オートバイが無遠慮に吐き出す排気ガス、とめどなく溢れる汗に、跡形もなく消えてゆく化粧。どんなに美しくあれよと思っても、この台灣の長期にわたる酷暑の中で、そうあり続けるのは難しかった。難しかったから、そうあり続けるのをやめてみた。そうして初めて、それでいいんだよ、と自分に言えるようになった。