「…あの!その靴いいですね!どこで買ったんですか?」

本屋をうろついていたら、同い年くらいの女性に話しかけられた。
私は何が起きたかわからず一瞬停止してしまったが、「えっあっありがとうございます!!」と絞り出し、すぐに頭を回転させてテンパりながらもなんとか靴の情報を伝える。

3年くらい前にネットで買ったこと。
復刻カラーなので定番品ではないこと。
「〇〇」と検索すればもしかしたら出てくるかもしれないということ。

私が思い出せる限りの情報を渡すと、その女性は「ありがとうございます!」と微笑んで、お辞儀をして去っていった。

私は嬉しかったんだと思う。
めちゃくちゃ頭を回転させてその女性がなんとか手に入れられるようにしてあげたいと思ったし、そのやりとりのあともしばらく本屋に残っていたが、本を物色するふりをして頭の中で『もっとうまく会話できたんじゃないかシミュレーション』をした。
そして、自分の足元に目をやっては、ニヤニヤして少ししたらまた視線を戻すということを繰り返しながら帰宅した。

私が「面識がなくても服装や持ち物を褒められると嬉しい」と認識した瞬間である。

褒められると嬉しい!と知ったから、私も褒めたくなった

この出来事は1年以上前だが、未だに鮮明に覚えているし、
その時履いていた靴を履くたびに、あの女性のことを思い出す。

その後、素敵な装いをされている方を見かけると、「素敵ですね、おしゃれですねって話しかけたいなー」と思うことが増えた。前は「素敵だなー」だけだったのだが、前述の彼女のおかげで、言葉にされるとこんなに長時間心が潤うのかと解り、できることなら言葉にして伝えたいという感情が芽生えたのだ。

しかし実際は、「あのー、」と話しかけただけで露骨に警戒されるのではないか?と怖くなって、話しかけることを躊躇してしまう。こんな世の中だし、自衛は大事なので警戒されても仕方のないことなのだが。相手が男性なら、逆ナンと思われる可能性もある。
「それいいですね!」だけ言わせて欲しい。言ったらすぐ去るから。
いっそ外国の方を装って「I like your style.」って言っちゃおうかな。
…いや、結局、発音に自信ないので道がわからなくて困っている人のふりをして終わりそうだな。

そんなことをうじうじと考えながら過ごしていたある日、電車で目の前に座っているご婦人に目を奪われてしまった。

あの人にどうしても伝えたい! スマホをしまいタイミングを計った

エメラルドを少しくすませたようなブルーのインナーに、透け感のある爽やかなアクア・ブルーのシャツ。パンツは白で、夏らしい籠バッグを持ち、上品な雰囲気を纏った女性。私の祖母と同じくらいの年齢だろうか。クロシェ編みのアイボリーの帽子から太陽の光が斑らにこぼれている。

わあ、素敵だ、と思った。

私はどうしてもこのご婦人に一言伝えたくなり、とりあえずしっかり足を閉じ、背筋を伸ばす。
真正面に座っているし、ふるまいで悪印象を与えてはならないからだ。
『スマホばっかり見ている若者』だと思われるかもしれないのでスマホはバッグにしまう。不安の芽は早々に摘んでおく。
問題はここからどうやって自然に伝えるかなのだが、良いアイデアが全く思いつかない。
降車駅まで残り4駅、3駅と減っていき、私がご婦人をチラ見する回数だけが増えていく。

降車駅まであと1駅。
私だけ降りるとしたら言い逃げしよう、一緒の駅で降りるとしたら、降りるタイミングで話し掛けようと決めた。

ドアが開く。…立った。

私も自然なタイミングで立ち上がり、エスカレーターの前の混雑を利用して話しかけた。
「あの、そのお洋服、素敵ですね!」
ご婦人はゆっくりとこちらを向き、目を細めて「ありがとう、あなたも素敵よ。」と返してくれた。
エスカレーターを降りきったところで我々は会釈をして別れた。改札でふと後ろを振り向くと、遠くからご婦人がこちらに微笑んでくれているのが見えた。

褒められるのも褒めるのも、嬉しかった。でも、まだ悩んでいる

不意に他人に褒められる側、思い切って言う側の両方を経験した。
どちらも私には嬉しい記憶として残っている。

これを機に積極的に褒められるようになりました!と締めくくりそうなところだが、実はまだ悩んでいる。

私は男性女性関係なく良いと思ったものを気軽に褒めたい。それだけで、他意はない。
私は、その人が停止していて(急いでいなくて)、逃げ場があって、周りに人がいる状況なら一言だけ話しかけても大丈夫そうかなと思っている。
現にそれで一回成功した。

しかし今回は優しそうなご婦人だったから話しかけることができたのだ。人を選んでしまっている。
そもそも他人の服装をじろじろ見ることってあんまり良くないことなのかな。気にしすぎかな。人によっては迷惑かな。成功してもなお考えてしまう。
あーもう一瞬で無害だと認識させられるような容姿になりたい。猫とか。
葛藤は尽きない。

赤の他人があなたの服装を褒めてもいいですか…?