また今月も”奴ら”がやって来た。1年のうち、最低でも12週間、つまり4分の1以上は奴らに悩まされているというから驚きだ。
やって来る前の心のガサガサ感や身体の辛さはどうにも我慢できないもので、私はボーイフレンドができるたびに、しつこく説明する必要があった。お腹が痛い、腰が痛い、などとその都度訴えれば、彼らは困ったような顔で「大丈夫?」とかなんとか心配そうな声を出してくれてはいたが、私にとっては腑に落ちないような気持ちになることも多かった。というのも、彼らはあまりにも無知だったし、さしたる教育も受けてきていないということがだんだん分かってきたからなのであった。

初めて「生理」というものに出会ったのは中学2年の遠足の日。すでに小学3年生で初潮を迎えていた友達を知っていたから、たいして驚きもしなかったが、案の定、目的地に着くまでのバス酔いは酷かったのを憶えている。
それから、毎月奴らが訪れるたびに、私は生理痛が酷い方なのだということを悟った。当時仲の良かった友達に相談すると、彼女には生理痛は全くないと言っていて、痛みがある自分の身体を呪った。
一番酷かったのは、高校の世界史の授業中で、あまりの痛みであぶら汗が出ていたのに保健室に行くのを我慢していた時だ。先生に言おうかどうか迷っていた時、限界が達したのか、ぷつんと何かが切れたような気がして、私はそのまま静かに教室を後にしていた。あんなに保健室までの道のりが長く感じられたことはなかった。これがあと何十年も続くことを想像するだけで気が遠くなるような思いだった。

人類はみな母親から産まれているのに

私の学校は女子校だったので、保健の授業には恵まれていた。強烈でこわいと評判の保健の先生は、当時の髪型から「ボンバー」というあだ名をつけられていた。そのボンバー先生の授業では、「卵胞期にはエストロゲンが、排卵後の黄体期にはプロゲステロンが分泌され…」というような生理の仕組みを事細かに暗記し、発表しなければならなかった。早速当てられてしまった私は、緊張のあまり「分泌」という言葉が出てこず、何度も「排出」と言い続け、
「ちがーう!立っとけーー!!」
とクラスのみんなの前で激怒されてしまう始末。「分泌」を「排出」と言い間違えただけで立たされるとはなんという理不尽さ…。今も昔もそれについては全く納得していないが、こと授業内容においては、その後の人生に必要な知識を与えてもらったように感じる。

しかし、大人になって友人や恋人の話を聞いていると、必ずしもみんなが私と同じような授業を受けてきていないということに気づいた。特に、男性は顕著で、男女共学の学校においては、性教育は男子生徒と女子生徒で別々の時間に行っていることが多いらしく、男子生徒の方の授業では女性の身体の仕組みなんて全く学ばなかったそうだ。友人の男性は、水泳の授業中プールの端っこで休んでいる女子生徒を見ながら、
「『なんで休んでいるんだろう?ずるいな。』と思っていた、当時は生理で休んでいるということさえ分からなかった」
と言っていた。だから、何も知らないんだ、と私は納得した。
人類はみな全て母親から産まれているのに、その母親に何が起きているのか、男性はたいして知る由もないというのが実情で、そのような人々を量産し続けているのがこの国の教育なのだろう。

ボーイフレンドたちの問題ではなく、それ以上に構造的な問題なのだろうということは分かってはいるが、彼らへのやきもきした気持ちは抑えがたい。それでも自らオープンにして「生理」のつらさや仕組みを伝え続けようと思うのは、そうしないと一緒に生活できないし、知らないということの積み重ねが行き着く先を私はもう知っているからだ。
学校や家庭での教育含め、性に関することを知ったり話したりすることは恥ずかしいことだという空気は、私たちが日々感じる生きづらさだけでなく、同意のないセックスや性犯罪にまでつながっていく。学校での教育を大胆に変えるには膨大な時間がかかるけれども、半径5mからの教育なら私にもできるかもしれない。そう思って、今も実践を続けている。