「お前はうまく髪が結べないから」
そう父親に言われ続けて、わたしは幼い頃から高校に入るまで、ずっと耳までのショートカットだった。わたしの髪質は手のひらに刺さるほど硬く、太く、量もとても多い。前髪は祖母譲りの天然パーマ。家庭科では糸通しを3本も壊すほど不器用だったわたしは、その言いつけを守っていた。もっさりした髪は、身体測定では、へこんでハート型になるほどだった。

かしゆかさんにも、浜崎容子さんにもなれなかった

高校性になってからはPerfumeのかしゆかさんに憧れて、髪を伸ばし始めたけれど、髪質が違いすぎて、あんな風に綺麗なストレートヘアーには全然なれなかった。ストレートパーマをしたこともあったけれど、ずっとし続けるほど金銭的余裕もなかった。友達にストレートアイロンを借りて、髪をまっすぐにしようとしてみた。けれど、いかんせん不器用なわたしは手を火傷してしまって、それ以来ヘアアイロンが怖くなってしまった。

そんなわたしが次に憧れたのは、アーバンギャルドの浜崎容子さん。高く澄んだ美しい声の凛とした歌姫で、髪は艶々の黒髪。そして、眉が隠れるぱっつんの前髪が印象的なスーパーロングだった。彼女に憧れたわたしは、大学生になってからは自重で髪をまっすぐにしようと、胸より下まで髪を伸ばしていたけれど、親友からは「ハリー・ポッターのハグリッドに似ている」と言われてしまっていた。前髪だけは縮毛矯正をしていたけれど、容子さんには程遠かった。どの美容師さんに相談しても「あまり切るとはねてしまうから、肩より長くしておいたほうがいい」と言われていた。その言葉を信じて、わたしは大学を卒業しても、髪は胸くらいの長さをキープしていた。ハーフアップができるようになっても、いくらヘアブラシでといても、髪はわしゃわしゃ。けれど、前髪ももう、センターパートにするようになっていた。憧れの姿には届かないと知ってしまったから。

切り終わって鏡を見たら、別人みたいだった

最近また、恋人に「髪を切ってみたら?」と言われた。つきあって、もうすぐ1年になるけれど、ドライヤーの時間が長いのを見かねたのか、ときどきそう言われていた。その日は、一緒に買い物に出かけていた。もっと新しいことをしてもいいんじゃないか。カパカパするパンプスを、さっき買ってもらった新しいスニーカーに履き替えていたわたしは、そういう気分になっていたのだと思う。わたしたちはその足で、近くの美容院に入った。少し待てば切ってもらえるとのことで、緊張しながら、わたしは美容師さんが呼びに来るのを待った。

「緊張してるの? 大丈夫だよ」
隣で彼がそう言った。担当の美容師さんは穏やかそうな人で、こちらの「思い切り切りたい」というオーダーに技術で応えてくれた。ド近眼のわたしは、いつも切ってもらっている最中、鏡は見えない。
施術が終わって、鏡を見たとき、別人みたいだった。わたしは顎までの長さに髪を切ってもらった。前髪は少し長めで、流すようにして、美容師さんがストレートアイロンで内巻きにして仕上げてくれた。15cmは切ったから、頭が軽くなった。気分も軽くなった。

ウェーブした前髪も、癖で膨らんだ髪の毛も気に入っている

わたしは今まで、ずっと自分の髪が好きになれなかった。顔が似ているのに、わたしと全然髪質の違う妹が羨ましかった。高校生で初めてストレートパーマをしたとき、妹に「なんでそんなことする必要があるの?」と不思議がられたとき、すごく悔しかった。同じように癖のないサラサラの髪なら、必要なかったのに。そう思っていた。けれど、今は違う。

ストレートアイロンを少し使えるようになっても、美容院帰りの髪型は再現できなかった。けれど、わたしはウェーブした前髪も、癖でふわふわした耳の犬のアメリカン・コッカー・スパニエルのようになった膨らみも、気に入っている。わたしは、わたしになりたかったんだ。あの歌のように。