私は女性にしては背が高い。そして家族の中でいちばん背が高い。なぜか私だけ背が高いのだ。高校生になるまで気にしていなかったが、ある日母に「こんな背大きく産んじゃってごめんね。」と言われてから気にするようになった。気にするようになってから、背骨を丸めることが癖になった。よく姿勢が悪いと言われていたが、そうなるように意識しているのだから当たり前だった。

高校3年時。気にし始めてからもぐんぐん身長が伸び、170cmへ到達した。私としては悲報だったが、身体が大きいことが正義の幼い弟は喜んで私を慕ってくれた。母と私は仲が良い。どんどん大きくなる私の身長を止めようと、頭を抑えてきたりもした。その時は笑っていたし、面白かったし、母のことも好きだった。でもどんどん自分の身体が嫌いになっていった。

また、5mmも伸びた 歩くだけで無数の視線が突き刺さった 

大学1年時。上京したと同時に周りの視線に気づくようになった。すれ違う人皆と目が合うのだ。友達に言ったらそんなことはないというから私だけらしい。絶対身長が高くて目立つからだと思った。人は目立つものに自然と目がいくのは本能だから仕方がない。だからこそ広告というものがこの世の中に存在していると思う。でもやっぱりなんか嫌だった。この年の身体測定。ちょっとだけ身長が伸びていた。5mmだけだと小学生の時は言っていたけど、その時は5mmもだ。でも縮ませる方法なんて無いことは重々承知だったから運命だと思って受け入れた。

大学2年時。アルバイト先でボブというナイジェリア人と出会った。彼は38歳。日本に来て8年目。なにかと彼と話す機会が多かった。私は英語がなんとなくしか出来ないし、彼も日本語がなんとなくしか出来ない。なんとなくで2人で色々なことを話した。

知っているから、分かってくれる人がいるから、大丈夫

彼はある日、黒人であることについて話してきた。電車でも街でも歩くだけで俺のことを皆チラッと見てくるんだと。それを聞いて私も日本人女性にしては背が高いから同じ経験よくあるよと返した。嫌じゃないの?と聞いてみた。すると彼は全然嫌じゃないと。そして突然私の顔の右横で手をパチンと鳴らして、私を指刺し笑ってきた。「ほら、見たじゃん」と。いつもと違うことがあったらすぐそっちをみてしまうことが人だからしょうがないよと。そんなことは分かっていると心の中で思った。ボブの話は続いた。
でも俺のことを嫌いにならなかったでしょう?それは俺のことを知っているからだ。俺は日本人が優しいことを知っているから嫌いになんてならないし、見られても仕方ないって思える。そして俺のことを分かってくれている人だけが好きでいてくれれば良いんだと。

凄いね。とだけ、いつもより大袈裟に笑いながら返した。なんかうまく言葉が出なかったからだ。

背筋を伸ばして歩く 前より少し自分のことが好きになった

現在。ボブの隣を歩くことがある。その時の私は猫背ではない。何か怒られてしまいそうだから。自分も彼みたいに変わりたいと思ったから。こっちが正解かもしれない。とにかく彼のおかげで私は前より少しだけ自分のことが好きになっていると思う。彼の隣でなくともこの猫背を治して、彼に何かお説教できるくらいの人になりたい。