私は、大学生のとき茶道部に入っていた。3年生になった私は、メインイベントである秋のお茶会で、「濃茶」のお点前を披露することになった。私の所属していた茶道部では、「立礼(りゅうれい)」「薄茶」「濃茶」という3種類のお点前を、秋のお茶会でそれぞれが披露していた。立礼、薄茶で点てるお茶がスタンダードなお茶であり、濃茶はその名の通り、抹茶の粉をより多めに、そしてお湯を少なめにして「練る」お茶であった。立礼が唯一椅子に座ってするお点前で、所作の難易度としては、易しい方から、立礼、薄茶、濃茶の順であった。

徹底指導を受けた先生から、有無を言わせない突然の指令

私は中心学年(6年制の大学であったため、中心学年は3年生であった)ということもあり、真夏より茶道の先生からの厳しい指導が始まった。「あなたのお点前への向き合い方はぼんやりしているわ。」などと叱責されながら、私のお点前は段々と形をなしてきた。

ある時から、先生からの指導はなくなり、私は自主練習に励むように言われた。ひとまず合格点は超えることができたのだろうか。私は嬉しくて少し気が抜けていて、この後更に大変なことが待ち受けているなんて思いもしなかった。

その年は、先生にとって頭の痛い年だった。4・5年生は運動部と兼部している人たちが多く、忙しくてまだ濃茶のお点前をしたことがない人が多かった。1・2年生も同様で、一番簡単なお点前「立礼」でさえ、先生からの直前の徹底指導が必要な状態だった。そんな中、4・5年生で、濃茶のお点前未経験の人たちが、みな濃茶のお点前をすることになった。先生、手が回らないんじゃと第三者の立場で心配していたら、先生は私にこう言った。
「さちちゃん、濃茶の指導はあなたに任せます。みんな先輩だからやりにくいでしょうけど、しっかり指導してね」
後輩が先輩を指導しているところなんて見たことがない。「普通」は逆だろう。しかし、有無を言わさない空気を感じた私は、「はい…」と弱々しく答えた。

先輩の顔を立てるための気使いが、逆に不信感を生んでいく

濃茶のメンバーには、前年度に指導してもらった先輩、前年度の部長が含まれていて、気弱な私は始まる前から申し訳ない思いをしていた。だから、できる限り先輩たちが不快に思わないように指導しようと決意した。例えば先輩が所作を間違えたとき、「そうじゃなくてこうです」と断言せず、「こうだと思います」とか、「たぶんこうです」とか、曖昧な言い方をして先輩の顔を立てようとした。でもそれは逆効果で、先輩たちは「本当にそれで合ってるの?」と言いたげな目で私を見て、黙々とお点前を続けていた。

私は気づいた。私が曖昧な指導をしていたら、先輩たちは私を信じ切れず、お点前が上達できない。それでは本末転倒だ。
(先生にあれだけ徹底的に教え込まれたんだ、自信を持て!先輩だろうと臆する必要はない。堂々と、はっきりと、指導しよう。大丈夫、先輩たちはそんなことで私に不快感をもつほど、器の小さい人たちじゃない。)
私は自分に言い聞かせ、指導スタンスを変えた。

「先輩、こうです」
以前とは違い、断言する私に先輩たちは少し驚いた顔をした。最初は私の変化に戸惑っている様子だったが、段々と、先輩から、「この後ってどうだったっけ?」などと質問されることが増えた。そして、濃茶のメンバーではない、私が一番慕っている先輩から、「さちちゃん、指導者の顔になってきたね」と褒められた。先輩たちが私を指導者として信頼してくれているのをひしひしと感じ、お茶会はまだ終わっていないのに、私は少し達成感のようなものを味わっていた。

先生がくれた「普通」じゃない指令が、私に自信と度胸をくれた

「さちちゃん、立派に指導してくれたわね。助かったわ」
秋のお茶会が無事に終わり、先生が私に言葉をかけた。その言葉を聞いて私は、先生は最初から、私に指導を任せるつもりだったのではないかと思った。だから、気弱な私が臆せず先輩に指導できるよう、徹底的に私を育てたのではないか。 

してやられたような気持ちになったが、先生が私の成長を信じて、真摯に向き合ってくれたという事実は、とても嬉しかった。そしてそのおかげで、後輩が先輩を指導するという「普通」じゃないことに打ち勝って、以前よりも自信と度胸がついた。

「濃茶の師匠、出番だよ」
先輩が私を呼んだ。私はあのお茶会の後より、部員たちから濃茶の師匠と呼ばれるようになった。少しからかわれているような気もするが、ありがたいことだ。私は水屋仕事(茶室で使う道具の準備をしたり、お茶碗を洗ったりする仕事)をやめ、後輩の指導をしに、茶室へ向かった。