性欲を垣間見せる人間が酷く怖ろしい。
それがどんなに好きな相手でも嫌悪する。
男性女性+α関係なく、平等に、その粘着質で湿度の高い瞳が怖いのだ。

恋心を抱く幼馴染が突然送ってきた、身体の関係を求めるメッセージ

私には幼馴染みがいる。彼とは幼稚園からの仲で小中が一緒で高校も部活の関係でよく会っていた。家族同然のように育ってきた彼に恋心を抱くのは自然な流れだった。
中学2年の夏と高校3年の秋に彼に告白をしたけれど、あえなく振られてしまった。

高校3年の冬、彼からLINEがあった。
『家行っていい?』
彼が私の家に来るのは初めてではなく、今までもCDの貸し借りなどでたびたび家に来ていた。しかも数年前まではアパートの部屋が隣同士だったから、彼が家に来ることに何の違和感も勘ぐりもなかった。
しかし、当時私は大学受験期真っ只中で、風邪をもらっては困るからと学校や塾以外の人と会うのを極力避けていたので、特別な用が無いのであれば彼と会うのも控えたかった。
だから「何の用?」と聞いたのだ。
すると、ものの数秒で送られてきた吹き出しには『えっちしたい』の文字。

…なんかもう、感情がぐちゃぐちゃでどうしようもなかった。唯一覚えているのは、私が彼に「今はそういうこと考えられない」とか「私は真剣に好きだったのに、そんなこと言うの酷くない?」的なことを返信したのに対して(正直自分が返信した内容は覚えていない、たぶんこんな感じの返信をしたのだろうなと思う)、彼が『OK!』と可愛いスタンプを送り返してきたことだ。

大学1年になり、またもや来る彼からの目先の欲望だけに駆られた連絡

私はショックだった。彼は私のことが好きだから抱きたいのではなく、ただ身体の関係だけを結びたい、と思っていただけだったという現実を突きつけられて、思いもよらぬ方法で急所をえぐられたようだった。
その後彼から簡単な謝罪の言葉を受け、しばらく連絡を絶っていたが、大学一年の夏、また彼から連絡が来るようになった。
ひとり暮らしを始めていた私の家を、彼は都合のいい定宿のひとつにしたかったのだろう。家に来たいという趣旨の連絡がたびたび来た。
私も大概に馬鹿だから、まだ彼への淡い恋心をぶら下げていたので、彼が家に来ることを想定して掃除をしたり、脱毛したり、課題を早めに片付けたり、奔走した。本当、馬鹿だ。
けれど、ふと、約半年前の高校3年の冬の記憶が頭をもたげ、私に警鐘を鳴らした。危険だよ、そんな相手に自分のはじめてを捧げていいの、もっとちゃんと考えなよ、自分の身体を大事にしなよ、と。
結局私は理性に従って、「自分の身体を大切にしたいから」と彼に連絡をした。彼は何度か粘ったあと(『添い寝だけでもいいから』などと意味不明なことを言ってきた、正直ぶん殴りたい)、しぶしぶ了承した。

私は恋愛=性欲ではなく、両者は別のものだと考えていた。恋愛のその後のことは考えていなかった。だから彼から目先の欲望だけを求められて愕然とした。自分は都合のいい女になるのだと。
そして、これほど心を許した相手からそういう目で見られることの恐怖を身をもって体感した。どんなに好きな相手からでも、気持ち悪いのだ。
彼は私の好意を知っていた。知った上で「こいつ俺のこと好きだからいけるだろ」と軽く思ったに違いない。それが堪らなく悔しい。私の好意を汚さないで。
この気持ちに気付いた当初は、自分は人間として何か欠落しているのではないかと思った。人間の三大欲求のひとつを満足に受け入れられないなんて、人間失格だと自分を責めた。そんな日々は1年続いた。

Instagramで輝く彼を見て、私の中で何かが弾けた

しかし、今年の大学2年の夏、たまたまInstagramのおすすめ機能で表示されたアカウントの中に、彼にそっくりなアイコン写真を見つけた。投稿を見てみたらそれは紛れもなく彼のアカウントで、光に透けた金髪を自慢げに映してこちらに微笑みかけていた。彼はホストクラブのNo.1として大活躍していた。それを見た瞬間、私の中で何かがプツン、と切れた。同時にすっきりした。
あぁ、これでいいんだ。私は私、彼は彼なんだ、それぞれの考え方や生き方があって当然じゃないか、と。
彼は当たり前のようにセックスがしたい人で、私は当たり前のようにセックスがしたくない人なのだ。そんな単純明快なことになぜ今まで気付かなかったのだろう。

私はこれからも予期せぬ嫌な目線に晒されることを恐れ、肉体関係に発展することを拒むだろう。でも、それの何がいけないのか。生産性など知ったこっちゃない。私には私が大切にしたいと思う人達数人だけがいればいいのだ。両腕で抱えきれない程の葛藤は不必要だ。もっと有意義なことに頭を、全神経を使いたい。

彼のことは恨んでいない。一応謝ってもらったし、今更ずるずる引き摺るのも格好悪いのでやめた。だけど、一生忘れないからな。
成人式で彼に会ったときに「元気そうだね」と言って微笑みかけるのが、私の目標だ。

こんな感じで、今日も私は少し酸素の薄い世界を、自分と周りの数人が生きられるだけの酸素ボンベを背負って、精一杯生きていく。
私は、私だ。