からだと視線。特に自分のからだと他者からの視線。なんで私はこんなことにこだわっちゃうんだろう?

他の人の視線へのこだわり以上に、もっと深い何かがあるのでは

これを読んでいらっしゃる多くの皆さんと同じ様に、私も自分のからだとそれに対する他者からの視線が気になります。私は初めて社会人になったときに過食症になってしまいました。過食症になりたての頃は、「周りからの視線を気にしすぎだから気にしない様にしなよ」とか「ボディイメージにこだわりすぎだからもっとリラックスしなよ」とか「自分に自信を持てばいいんだよ」とか、周りの人はアドバイスしてくれました。

でも日が経つうちに、そんなにシンプルな問題じゃないんだなってことに気づいてきました。
だって3年経っても過食症は治らなくて、仕事をすることも出来なくて、友達と会うのも怖くて。周りの大切な人に沢山悪いことを言って、そして自分のことをたくさん傷つけてきました。そんな中、実は他の人からの視線へのこだわり以上に、もっと深い何かがあるのかなと思い始めてきました。

ここでちょっと目線を変えて、よりマクロな視点から「からだと視線」について私が考えることについてお話をしたいと思います。なぜかって?だって、私達の認知している以上に現代の社会って大変だなって思うからです。そしてこの新しい目線が私の悩みの解決に大きく貢献してくれたからです。

現代の先進国の社会に生きる私達は「資本主義」の社会に生きています。そして資本が私達の日常のコミュニケーションの中でも重要な役割を果たしています。「資本主義」前提で会話をするのが、いわば当たり前の世の中で生きているというわけです。一見当たり前の事の様に思えますが、ここで気をつけなければいけないのが、この考え方は時として「からだへの視線」にネガティブな影響を与えかねないということです。

どんどん自分のからだを他の人からの視線に合わせていっちゃいます

どいういうことなのか、もう少し詳しく説明しますね。資本主義の社会では、当然ながら会社は利益を安定させるためにモノを買うことを促します。モノを買わせるためにとても有効なのが、人に「自分のからだをモノの様に扱うべき」と思わせること(専門用語だとbody-objectifiationと呼ばれるそうです)なんです。どういうことかと言うと、例えばTVや広告などでからだをセックスシンボルの様に扱う光景が、私達に「からだを神秘的な価値のあるものだと扱うのではなく、モノの様に扱うべき」と思いこませます。モノとなった私達のからだは、当然ながらそのモノの価値を上げるために高価なものを身にまとったり、社会のスタンダードに合わせて形を変えなければいけません。

つまりモノとして判断させる様になった瞬間に、「人のからだはそれだけで神秘的な価値がある」から「モノなのだから、そのスタンダードに合わせて価値を上げないと」という考え方に自然と変わってしまうのです。

そして自分のからだをモノの様に扱い続けると、今度は身体だけでなく自分自身のことをモノとして考える様になってしまいます(専門用語だとself-objectificationと呼ばれるそうです)。すると今度は何が起こるかというと、自分自身はモノなのだから自分自身の価値に関する見解を自分の目線で見るのではなく、他者の目線で見る様になってしまいます。こうやって、自分のからだを他者の視線に合わせて行くのです。

だから自分自身がいくら自分のからだに対して満足していても、他の人に何か言われたら問題があると思ってしまう様になります。世界中のみんなの価値観に合わせる事なんて不可能なのに、少しでも他者の視線に入る部分は徹底的に気を遣う様になっていきます。そんな風に自分のからだをいつも他者の目で批判的に監視していると、当然ながら自信を無くします。自信のない人はある人に比べ、自分自身のゴールや人生でやりたいことにフォーカスをするのでは無く、社会で良しとされている理想を追い求める傾向があります。これじゃぁ普通に社会で生活するだけでどんどん自分のからだを他の人からの視線に合わせていっちゃいますよね。

お伝えしたいことがあります。みんな一緒だ!気にしちゃっても大丈夫

もし私と同じ様に他者からの視線で悩んでいて、でも心の中では自分自身の価値観で生きたくて、でもそれが出来なくてまた悩みのループにハマってしまった人がいたとしたら、お伝えしたいことがあります。
そんな矛盾する考え方を持つのは、とってもナチュラルなことで、むしろこんな社会で暮らしている私達にとっては当然であるということ。

そして、あなただけではなくて、多かれ少なかれ同じことでみんな悩んでいるということ。現代の社会で生きていくということは、その恩恵(お店に行けばすぐに食べ物も洋服も欲しいものが揃っているそんな社会)がある反面、伴うコストがあるということ。そして最も大切なのが、その事実を知った上で自分に優しい目を向けて欲しいということ。最後に大きな深呼吸をして伝えてあげてください。「辛いよね。でも一人じゃないよ。気にしちゃっても良いんだよ」と。