私の幼い頃の髪の毛はロリータ女子もかくやというほど綺麗な縦巻きロールであった。昔の写真を見ると、こんな天然パーマあるんだなぁと自分のことながら感心する。そんな天然パーマは幼稚園の水泳の授業のためにバッサリと切られて消えてしまった。

ボワボワの髪の毛を何とかしたくて仕方なかった

残ったのはぼんやりとした癖が残った太い黒髪である。
固くて太いからゆるふわなんてできないのに、髪の表面はボワボワとした毛が浮いてくるから髪の毛を一日中下ろせた試しがない。顔周りのうねりをごまかせるハーフアップが定番ヘアだった。毎日ストレートアイロンをしてオイルを付けて今日こそ湿度が低い日であるように願って家を出る。

何とかしたくて仕方なかったけれど、バイトのできない高校生ではなかなかお金も無くて、溜息をつきながらも長い髪をブラッシングする日々が続いた。
ツヤツヤサラサラが崩れないクラスメイトの髪が本当に羨ましかった。私があの髪なら髪質を誤魔化すために覚えたアレンジも、目をそらせるためのヘアアクセサリーも、もっと上手に使いこなすのに。なんなら要らないのかも。

担当してくれたのは、職業体験で出会ったお兄さん

お小遣いをちまちま貯めて、そんなくせ毛におさらばしにいった高校卒業の3日前。
私が選んだのは中学時代に職業体験に行かせてもらった、少し背伸びした美容院だった。今よりも子供だった私に、美容師のお仕事を懇切丁寧に体験させてくれた。中でも印象に残ったのは当時アシスタントだった若いお兄さん。「この子が美容師になることは二度とないかもしれないから」と無造作風にしっかりセットした自らの髪を使ってシャンプーまでさせてくれた。今思えば二十歳と少しの若さでなんて出来た人だったんだ、お兄さん。
私が癖毛とおさらばするなら絶対にここだと決めていた。前期の二次試験が終わった帰りの電車で何の迷いもなく予約した。

当日はあの優しさをこんな髪に受けるのは恥ずかしいと思いつつ、ドアをくぐると、何と丁度そのお兄さんが案内してくれた。もちろんお兄さんは当時のことは覚えていなかったが、その事を話すと大変喜んでくれた。何度も何度も、「ほんとに?わざわざ??えぇ、どうしよう、すっごく嬉しい」とあの頃よりも落ち着いた声色で繰り返しながら、私の髪に薬剤を丁寧に塗っていった。その時の私は前期の大学の合否を待っているところだった。受かっても落ちても、あの頃憧れた美容師とは全く違う道を歩んでいた。

美容室って、なんだか自分の為だけの時間で贅沢だ

スマホも見ずに、じっと、鏡越しに4年分熟練されたお兄さんの手際を見つめる。実は美容室はほとんど行ったことがないし、行っても回転率重視の安いところで適当に済ませていた。その点、このお兄さんはなんて優しい手つきなんだろう。シャンプーも、カットも、会話も、何もかも穏やかに流れていく。ひとつも粗雑なところがない。それがお仕事だと言われてしまえばそれまでなのだが、きちんと私の髪に慈しみを持って接してくれているのがわかる。

私も髪の毛にはもちろん気を使っていた。けど根本的に気持ちが違う。私がツヤのでにくい癖毛をサラサラに仕上げようと怖い顔で苦戦する北風だとすれば、お兄さんは優しく扱って髪を素直な状態にしてあげる太陽だ。

そもそも最近自分がおざなりになってたな。自分の進路のための受験勉強は仕方ないとして、彼氏にどんな酷いことされてもニコニコ、友達の一言にクヨクヨ、上手くいかない自分を全否定してさらにすり減らす。窓際の席で春の光を感じながらぼんやりとそんな事を考える。美容室って、なんだか自分の為だけの時間で贅沢だ。私を可愛くするために、笑顔にするために、こんなに一生懸命になってくれる人がいることに気が付ける。私はそういう扱い受けていいんだよって優しく宥められているみたいだ。ぎゅっと私の髪に優しさがこめられて、それが私の心にも伝わってきてポカポカする。

私の髪は、私は、こんなに大切に扱われて良かったんだ、とストレスと受験ですっかり骨ばってしまった肩に両手をぽんとおかれて微笑まれた時に明確に気が付いた。3時間弱もあったのにあっという間の施術だった。

ありがとう、お兄さん。自分を丁寧に扱うことを思い出させてくれて

「また来てね」
私が見えなくなるまで、店の外でにっこりと見守ってくれた。マスク越しでもわかるお兄さんのその笑顔。
ずっと憧れてたツヤツヤサラサラの髪だ。自転車でまだ冷たい風を受けて、けどもう暖かい日差しを反射させながらなびく新しい私の髪。嬉しくて何度も頭を振っちゃう。サラサラ。本当にわずかにそんな音が聞こえるんだ。明日からはドライヤーも絶対サボらないぞ。だってお兄さんがあんなに優しくドライヤーしてくれた髪だもん。全く、カットと縮毛矯正以上のことをしてもらっちゃった気分だ。

ありがとう、お兄さん。自分を丁寧に扱うことを思い出させてくれて。背筋も髪も真っ直ぐ伸びました。最近、また自分を雑に扱って下を向きがちなので言葉通りまた行ってもいいですか?また、私の扱い方を教えるように、髪をお薬と優しさで真っ直ぐにしてください。