私の好きな色は赤。お化粧の最後に真っ赤な口紅を塗って「一番好きな私」になる。その瞬間を鏡で見るのがたまらなく好きだ。

大学生になる前に、初めて買った口紅はネットで調べたその店一番人気の薄いピンクの口紅。とてもかわいい色だったけれど、私には似合わなかった。
私のくすんでいる唇はちょっと黒ずんでいてその口紅の薄い色なんかじゃ隠しきれなかった。ピンクの可愛い口紅を纏ってにこにこと笑う友達が羨ましくて、何度も何度も塗り重ねたけれど、口紅から透けて見える自分の唇の汚い色に無性に悲しくなった。

デパートでコスメをみていた。
綺麗に並べられた色とりどり口紅の中でひときわ輝いて見えたのは真っ赤な口紅だった。真っ赤な口紅なんて派手すぎるし似合わないだろうとその場を去ろうとしたとき、自身が思うよりも熱心に見すぎていたのか、美容部員の「お試ししてみますか?」という圧力に負けて唇に色をのせて貰った。
さっと一塗り。自分の嫌いな唇の色がその華やかな赤に隠れていく。今まで見た中で一番素敵な自分が鏡に映っていた。
あぁ、私の色はこの色だと思った。キラキラの赤、つやつやの赤、大人っぽい赤・・・夢中になって赤い口紅を試した。

真っ赤な口紅を「似合うわ」と言った母の唇の色に初めて気付く

最終的に2種類まで絞ったところで、ふと我に返って不安が頭をよぎる。赤色が似合わないといわれたらどうしようと。
なかなか帰ってこない私を見かねた母が隣に来た。おそるおそる「赤色似合うかな?どっちの赤にしよう。」と母にいったら、母は「どっちも似合うわ。」と笑い、2本とも買うという旨を店員に伝えた。そして、決して安くない金額の会計を済ませ、ずっしりと重みのある小さな袋を私に手渡した。
驚きと喜びで胸がいっぱいになりながら「ありがとう」と伝えると「お父さんには内緒だからね。」といたずらっ子のように、にやりとする。
そんな母の唇も真っ赤な口紅を纏っていた。毎日見ていたはずなのにその時、初めて知ったような気がした。

「一番好きな私」でいたいだけなのに社会はそれを許さない

でも、世の中は私が思っている以上につまらないものだった。
今年から就職活動がはじまる。
いわゆる就活メイクは清潔感のある自然な女性らしさを目指したナチュラルメイクが推奨される。お洒落をするわけではないので赤色をはじめとする派手な口紅は避けましょうというわけだ。
私はただ、赤い口紅で「一番好きな私」でいたいだけなのに社会はそれを許さない。口紅の色すら自由にならないのに、何が「自分らしい働き方の実現」だの「人種・性別・宗教・外見などのあらゆる違いを認める多様性のある社会の実現」だ。と腹が立って仕方がない。
でも、一番腹が立つのはそう思っていても真っ赤な口紅を塗って面接に行く勇気がない私自身だ。こんな時代だしマスクで隠れてしまうから大丈夫かしら?と思っていても、もしマスクを外すように言われたら?もしそれで落とされてしまったら?と悪い方向に考えてしまう。
そう、世の中から見ればたかが口紅の色、私がちょっと我慢すればいいだけのこと。
でも、私にとって赤い口紅は特別なの。
どうしようもできないこのもどかしさを誰かに分かってほしいのだ。
だってそうでしょう。いつだって鏡に映るのは私が一番好きな私でいたいじゃないか。

私がこのつまらない社会に反抗する唯一の方法

つい先日デパートに行ってちょっとお高めの口紅を2本買った。1本は大好きな真っ赤な口紅、そしてもう1本は就活用に。ピンクだけれど赤が混じった絶妙な色の口紅。
これなら文句言われないだろう。私がこのつまらない社会に反抗する唯一の方法。誰も知らないし、気付かない。でもそれでいいの。

でも本当は、この口紅の色を纏った私も悪くないことに気付いてしまったのだ。赤い口紅がなくても私は素敵になれる。鏡の中に、新しい「好きな私」を見つけることができたから。スキップしながら就活ができそうだ。