ちょうど一年前の冬。私は成人式に行くかどうかで悩んでいた。
人生でたった一度しかないイベントだから、行かなきゃ後悔するかな。
でも、友達だって多くないし、あんまり地元にも帰りたくない。
行かない人の方が少ないだろうし、どうしようかな。
最後まで迷った挙句、私は成人式には行かないことに決めた。

地元の友達に会って、惨めな気持ちになりたくなかった

私が地元に帰りたくないのには理由があった。
それは、同級生に対する惨めな気持ちだ。
私は経済的なこともあり、高校を卒業してすぐに就職するという選択をした。
だけど私の通っていた高校は卒業後に9割が進学するような高校だったから、友達のほとんどは大学に進学した。
それに私の友達に就職した人はいなかったため、周りと自分を比べてはどこか疎外感を感じるようになっていった。

高校を卒業してからは、大学生の友達の話を聞く度に、学生生活を送っている友人たちのことを羨ましいと思うようになった。
学生は休みの日が多くて、社会人よりは自由な時間があって、平日に遊びに行ったり、遅くまで夜更かしをしたりできる。
勉強やアルバイトなどもしなければならないとは思うけれど、私からするとそれ以上に楽しいことの方が多いように思えた。

社会人には夏休みも冬休みもない。
その上、時には残業や休日出勤というおまけ付き。
今の仕事に喜びを見いだせないような私からすると、学生の自由な生活が羨ましくないわけがなかった。
だから成人式に行って、そんな楽しい生活を送っているであろう友人たちを目の当たりにしたら、自分が惨めになってしまうんじゃないかと思ったのだ。

次に会う時は自信を持った自分で、地元の人たちに会いたい

それに、自分の選択に不満を持っていることがなんだか情けなかった。
経済的な理由で進学を諦めたとはいえ、バイトをして奨学金を借りれば、進学することも出来たはず。だけど、奨学金を背負いたくなかったことと、将来やりたいことが決まっていなかったからとりあえずで就職を選んだ。
自分で選んだ道なのに、不満を持って生きているなんてかっこ悪くて、友達に合わせる顔がなかった。

それでも、今では私の選択は間違いではなかったと思っている。
お金の問題というのは人生に直結しているし、金銭的に余裕のない生活は精神衛生上よくない。
ただ、今でもときどき生まれた環境の不平等さを恨みたくなる時はあるけれど。

成人式当日の夜、高校生の時のグループLINEには晴れ姿の友達の写真が載せられていた。もちろん、そこに私は映っていない。
友達の写真を見たら、自分が成人式に行かなかったことを後悔するんじゃないか心配だったけれど、実際に写真を眺めても後悔の感情は湧いてこなくて安心した。
一生の後悔にはなりそうにもないや。

もうしばらく地元の同級生には会っていないけれど、次に会うことがあれば、もっと自信を持った自分で会いたいと思う。

あれから一年経って、また成人式の季節がやって来ようとしている。
今年は新型コロナウイルスの影響が懸念されているけれど、それぞれが満足のいく20歳の記念日を迎えられますように。