「みつ季さんは一年生なんだから、髪はひとつにまとめなさい」
社会人一年目に、職場のお局さんから言われた言葉。少し気分を変えようとハーフアップにして出勤したら言われたのだ。

とにかく無難に過ごすことを第一に考えたけれど、気付いた

学生時代とは常識が全く異なる世界、線引きが分からなかったわたしは、それからとにかく無難に過ごすことを第一に考えた。

制限されて初めて、髪型というのは立派な自己表現の一つなのだということに気がついた。
仕事を始めた頃は「できるOL」感のあるパーマをかけてみたいなと憧れたし、彼氏との大事なデートの時にはオシャレな髪色で出掛けてみたいと夢見た。

SNSで色んな髪色を見て「あぁ、良いなぁ」とため息をつく。
ただ、髪が伸びる、切る、また伸びる、切る。
その繰り返しをしていると、自分でも気が付かない内に気分が落ち込み、心が貧相になっていた。

美容院に行ったある日、思い切って、職場での制限が厳しいけど、ほんとうはもっと髪型を楽しみたいと思っている、と美容師さんに伝えてみた。
わたしはそれまで、美容院に行くと長さの希望を伝えたら挨拶もそこそこに雑誌を開くタイプだった。
美容師さんはオシャレは人が多いし、髪型の流行りなど全然知らないわたしの、拙いぼんやりとした言葉では困らせてしまうだろうと思っていたからだ。

鏡の前の私はすごく垢抜けて見えた。美容師さんすごい!と感動した

でも、その日は「美容院からでた後、明るい気分になっていたい!」という気持ちが爆発してしまった。
すると美容師さんは、わたしの話を聞いて「黒髪は重く見えるから、段を入れてみましょう!」「遅れ毛を作って出したら、一つ結びでも可愛く見えますよ!」
と沢山のアドバイスをくれた。
実際にいつも職場でしている低めのポニーテールを美容師さんの手でしてもらった。
すると、ちょっと工夫を加えただけなのに、鏡の前の私はすごく垢抜けて見えた。
美容師さんの手ってすごい!と感動した。

それから2年経ち、わたしも社会人生活に慣れてきた。任せてもらえる仕事も増えてきて、一人前になれたのかな、と思うことが増えてきていた。
丁度そのタイミングで、例のお局さんが異動されることになった。

今しかない。

そう思ってわたしは、思い切って髪を染めてみた。
その時も美容師さんは、職場の規則の範囲内になるよう、でもわたしの雰囲気に合わせたオシャレなカラーになるよう一生懸命考えてくれた。

髪での自己表現は「仕事が一人前の人にだけ許されたこと」だった

髪を染めて、髪色だけでなく、心も軽くなった。
今までのわたしにとって、髪で自己表現をすることは「仕事が一人前の人にだけ許されたこと」という重いものだった。

でも、染めたことでその呪いからも解かれたようだった。

今もわたしは、「髪色7トーン」の職場の決まりに合わせて試行錯誤をしながら楽しんでいる。
でも、本当はもっと誰もが躊躇いなく、髪型を楽しめたらいいな、と思っている。
わたしは黒髪で「真面目」というバイアスをかけられてきたし、それは職場でのわたしに求められるものだ。
反対に、派手な髪色の人は「真面目じゃない」というバイアスをかけられるのではないだろうか。
でも、自己表現としての髪色と、仕事に対する意識は全く別物だ。

髪型は大切な自己表現で、理想の自分に近づくからこそ、気分が前を向き、仕事も頑張れる。

もし、わたしのような新人が職場に入ってきたら、その子の髪型の工夫を「可愛いね」と愛でながら、その先の中身を見ていきたいと思うのだ。