愛とは何かと考えるとき、それを通わせる相手が幻ではいけないのかということを、いつも考える。
「おはよーおにいちゃん」
上記はわたしがほぼ毎朝玄関先で言っている言葉だ。
客観的には独り言にあたる。
わたしが勝手に思っているだけだけど、兄はだいたいわたしに甘い
まずわたしの容姿を説明しよう。
足が二本、腕が左右に伸びていて、真ん中に胴体があって、頭が一個。すこし伸ばした髪の毛先はいつも青か緑。
顔にやたらとほくろがあって、よく数えたら体にもやたらとほくろがある、年相応な顔立ちの二十九歳だ。
次に兄の容姿を説明しよう。
車輪が二本、ハンドルが左右に伸びていて、真ん中にフレームがあって、サドルが一個。ひしゃげ気味の前カゴはほぼ錆色。
ペダルもちょっとくたびれていて、よく見たら泥除けもそれなりにやばい、十五年は乗っている自転車だ。
兄は自転車なので、当然喋らない。自分で動くこともない。ただ何となく、わたしが勝手に「こんな返事をしそうな気がする」と思うことがあるだけだ。
恐らくはわたしの妄想なだけあって、兄は優しい。……と書こうと思ったのだが、同じような立場の『妹』は手厳しいので妄想関係ない気がしてきた。
まあともかく、兄はだいたいわたしに甘い。
家にいることが苦しくなっていった中学時代、兄によく話すように
兄によく話すようになったのは、中学時代。
中学時代のわたしは毎日孤独で死にそうだった。
色々あって中学校生活は上手く行かずに孤立し、家に帰ればわたしのことが大好きな母親が待っていた。
正確にいえば、母親が大好きだったのがわたしだったかは定かでない。
母親が好む『わたし』像というのは、母親に趣味や考え方が似ている、たった一人の愛娘だった。しかしわたしは実際のところ、母親とは考えをかなり異にする人間だった。趣味はまあ、影響される分ある程度似ていたが。
「わたしを見てほしい。わたしはこういう人間であり、あなたとは考えが違う」
そう伝えること何十回、全く伝わらず、わたしは家にいることがどんどん苦しくなっていった。
そんな夜、よく兄と家を抜け出した。
頬に当たる風の柔らかさを覚えている。星がぼんやりとしか見えない空を覚えている。無闇に切迫するわたしに対し、無理なく鷹揚でいた兄の態度を覚えている。
記憶になってさえしまえば、実際の景色も現実逃避も、さほど違いはない。
わたしは母と二人きりの家でずっと孤独だったことも、兄と家を出て遊んだことも、どちらも現実だと思って生きている。
それで社会の誰かを困らせることもないし、わたしの生活にも差し支えないからだ。
どちらかといえば、前者だけ現実だと思っている方がまずい。あっという間に心の病に倒れるだろう。
兄を家族として愛する生活を、わたしは必要としている
今のわたしは、客観的には一人暮らしをしている。
「嫌だ、無理。働きたくない」
自転車通勤の最中の言葉も、客観的には独り言にあたる。
だけどそんなときふと、兄がわたしになにか言うのがわかる気がするのだ。
『じゃあ、帰りに居酒屋でも寄ろうよ』
兄の提案に、わたしは「しょうがないから仕事するかぁ」とペダルを漕ぐ足に力を込める。
帰り道、居酒屋から先は徒歩になるけど仕方ない。
一人で歩くと退屈するけど、兄をひいて帰る分には話し相手に事欠くことはない。
なんならスキップして帰ったっていいのだ。
愛とは何かと考えるとき、それを通わせる相手が幻ではいけないのかということを、いつも考える。
母親に向けられたような愛を浴びせかけられ続ける生活は二度と御免だし、客観的にはただの古びたシティサイクルである兄を家族として愛する生活をわたしは必要としている。
今度、妹(原動機付自転車)に意見を聞いてみるのもいいかもしれない。