「来年の目標を、漢字一字で!」
と言う課長の声が個室に響いた。
スマホで字を調べるのは禁止、なんていうルールも追加され、みんな酔った頭をフル回転させている。

酔っぱらってしたためた「穏」をきっかけに、毎年考える漢字一字

2018年12月。学校風の居酒屋で忘年会をしていた私たちは、最後に「書道」を注文した。

久しぶりに感じる墨汁の匂いと、すべすべした半紙に、どんな気持ちを乗せるべきかみんな悩んでいる。
私はすぐに思いついた漢字があり、手入れされていない筆でさっさと書き始めた。
書道なんて久しぶりすぎて、1画目を書くときには文鎮を置くのを忘れていた。先輩が雑に置いてくれた。
ほんの数秒後、割れのひどい筆で書かれ、払いが三股にも別れた「穏」という字が完成した。酔っ払いが文鎮を忘れて、荒れ放題の筆でしたためたにしては、堂々としていて綺麗な字が出来上がったと思う。

2019年を私は、穏やかに過ごしたかった。
実際にはそんなことはできず、2019年は激動の年となった。でも、思っていたよりももっと良い年だった。

ともかく2018年、課長からきっかけをもらって以来、翌年の目標を漢字一字で表現することは、私の毎年の決まりとなった。

シェアハウスの窓から夕暮れを眺め考えた 2020年は「出」

2019年の12月、全然穏やかな年にはならなかったなあ、と軽く反省しながら、今度は静かな部屋で2020年の漢字を考えていた。当時の彼氏と喧嘩をして、一人で過ごす年末だった。ほとんど眠りに帰るだけで生活をしていないシェアハウスの窓から夕暮れを見ると、ため息が出る。気分は最悪だけれど、3階の窓からの景色は綺麗だった。漢字は、今度もすぐに思いついた。
「出」がいいなあ。
ずっと会社を辞めたいと思っている。2019年で見つけた新しい世界にもっと深く飛び込みたい。必要ない場所からは「出」ていきたい。もっと必要な場所と「出」会いたい。
なかなかいいじゃないか、と思った。難しい漢字にする必要はない。たった今は憂鬱な夜を迎えようとしているけれど、なんだかんだ今年が一番良かったなあ、と思いながら年を越そうとしている。2020年もきっと、そうなるだろう。

達成された「出」 一年はまたひと味、もうひと癖と、濃くなってゆく

コロナは全く想定外だった。3月からちょうどフリーランスの仕事を始め、やっと決まった仕事がコロナに直面し、流れそうにもなったりした。ギリギリの生活に不安が爆発しそうになりながらも、今月も生き延びた、今月もなんとかなった、と数えているとあっという間にもう12月だ。
「生きてる〜」が口癖になった。今月もなんとか生きている。私は偉い。
「出」について、外出自粛が代名詞みたいな1年なのに、私はめちゃくちゃ達成できてしまった、と思っている。

色々なところから「出て行った」。
まず会社を辞めた。次にヤバい男への依存から抜け出せた。こんなに長く居座るはずじゃなかったシェアハウスからも脱出した。
たくさんの「出会い」にも恵まれた。
フリーランスになったら、今まで接点のなかったたくさんの人々が視界に入ってきた。新しいコミュニティに何個か入った。優しいパートナーと出会った。ずっと憧れてしまうような素敵な女性を見つけた。人生で初めて自分の時間を持ったみたいに、知らなかった私自身に出会うことができた。

今年も振り返れば、「なんか人生で一番濃い一年だったなあ」と思う。
こんなにどんどん人生の濃さが更新されていては、将来はどうなってしまうのだろう。
そんなに長く生きるつもりもないけれど、最後の方には濃すぎて息もできないような毎日になっているのではないだろうか。それで、楽しくなりすぎて、みんな寿命を迎えてしまうのか。
それかどこかのタイミングで、更新されなくなってしまうのだろうか。

来年の12月の私のことも裏切りたくない そんな思いをこめて

2020年12月。来年の漢字を考えなくてはいけない。明るいお気に入りのお部屋の、大きな出窓でほうじ茶を飲みながら考える。
あのとき課長は、私にものすごくいい習慣を与えてくれたなあ、と初めて思った。わざわざ連絡してみるのもいいかもしれない。なんとなく、「あの時のあなたのおかげで、」ということがあれば、積極的に伝えた方がいい気がしている。

そうだな、来年は「視」がいいな。
今回もすぐに決まった。2021年は、今年出会えた自分の新しい部分をしっかり見たい。
私ってこうしたいんだなあ、というのを少しずつ実行していって、それで私が、周囲の人々が、生活が、時間の過ぎ方が、どんな風に変わっていくのかしっかり見たい。見極めたい。

2021年も、12月に感じる「なんか1番いい年だったなあ」というフワッとした気持ちを更新するんだろうなあ、と思う。
世界で起こることに関心は持っても押しつぶされず、楽しいことに正直に、大胆に、大雑把に。

「生きてる〜」というギリギリ感からは、少し抜け出したいけれど。