小学校のプールの授業の前に着替えていたら、遠くからクラスメイトのささやき声が聞こえた。
「もうブラつけてるんだ」
自分の胸のふくらみを呪いながら背中を曲げて下を向いて歩いた
私は少しだけ早熟だった。周りはまだまだぺたんこなのに自分だけ胸の先端が少し膨らんで痛い。だからスポーツブラをつけていたのだけど、クラスメイトから好奇の目に晒されたことが恥ずかしくて、次の日からそれすらつけなくなってしまった。
その姿はきっとおかしかったけど、ブラをつけているよりマシだった。そして自分の胸のふくらみを呪いながら背中を猫のように曲げて下を向いて歩いていた。
中学校に入ればいつの間にかみんなブラジャーをつけるのは当然になっていた。一方で私の胸は、数年にわたる呪いのせいか、「ふつう」よりも小さかった。そしてガリ勉の私はいじめの対象になりうることを入学初期の段階に悟ったため、下ネタもいけるおちゃらけキャラを獲得するために、自分から「胸がなくて」「貧乳で」と言ってはしょうもない笑いを受け取った。そして初めてできた恋人にも貧乳貧乳とからかわれたけど、「えへへ」なんて返していた。貧乳いじりはみんなと同じように「ふつう」に面白く話せる私をアピールするための武器だった。
世間にはびこる巨乳信仰をなんとも思っていないつもりだったのに
大学生になり、恋人ができた。ある夏、二人で東京サマーランドのプールに遊びに行くことになった。数年ぶりのプールだからとびきり可愛い水着を買いたくて、ショッピングサイトをのぞいた。そこにはとびきり可愛い水着がたくさんあふれていて、心が踊った。けど、自分が着るとなると、モデルの胸の大きさに比べて自分の胸はゼロに等しくて、とても着れなかった。「貧乳だからこんなの着れないよ」と恋人におどけて笑ってみた。「大丈夫でしょ」って恋人は言うけど、私は大丈夫だとは思えなかった。彼だって本当はこれくらい大きなおっぱいに顔を埋めたり、ふわふわ触ってみたりしたいんじゃないかなあ。私は彼と死ぬまで愛し合っていたいけど、彼には死ぬまでにせめて一回でも大きなふわふわおっぱいと対面してもらいたいよ。
そんなことを考えていたら、涙が溢れてきた。そんな私を見て彼は動揺していたけど、私自身が一番動揺していたと思う。世間にはびこる巨乳信仰をなんとも思っていないつもりだったのに、私が今泣いているのはまさにそのせいだったから。
少し落ち着いて、涙の理由を彼に伝えた。彼女である自分の胸が小さくて、あなたに申し訳なかったと。彼はびっくりした様子だった。私の言葉が予想外のようだった。そして彼は言った。「サチの身体は綺麗だし大好きだよ」
「貧乳」という呪いを解いて、胸を張って歩いています
え、そうなんだ、って驚いた。それまで私の胸は「ふつう」より小さくて、「ふつう」の男性に嫌われるもので、自虐することで「ふつう」になるための道具だった。でも彼にとっては綺麗で、大好きなんだってさ!
そのとき私は、自分が自分の胸に「ふつう」をめぐる呪いをかけ続けていたことに気がついた。私の胸は「ふつう」より小さくて、「ふつう」の男性に嫌われるもので、自虐することで「ふつう」になるための道具だと考えていたのは、ほかの誰でもなく私だった。「ふつう」と比べてどうであろうが、「ふつう」どのように評価されようが、私の身体は私だけのものなのに。そのことに気づいたとき、私はその呪いをそっと解いて、胸を張って歩けるようになった。