女の命と言われて、
あなたがすぐに思い浮かぶものは、なんだろうか。
多くの人は、髪の毛と答えるであろう。

『髪は女の命』。
しかし、この言葉に私は何度も心を痛めてきた。

発散できないストレスは少しずつ溜まり、私は髪を抜くようになった

私は、抜毛症だ。
抜毛症とは、自分で自分の髪の毛を抜いてしまう、強迫症の1つである。ストレスなどが主な原因と言われている。

私は、小学5年になると同時に、父の仕事の関係で東京から愛知に転校した。そこは、まるで別世界だった。東京での当たり前が通じない。
「休み時間」は「放課」というような方言。
「中学受験」より、「高校受験」が当たり前。
その他にも、友人関係や学校行事全てが違った。

その中で私はターゲットになった。
全ての出来事を書くと、キリがないが…。
簡単に書くと、いわゆる女社会のターゲットになった。

そこから、家でも習い事でも塾でも、私のやりたいことを言える場がなくなった。
いや、言わない方が安全ということを自分から悟ってしまった。

そのため、ストレスを発散できる場もなく、少しずつ溜まっていき、殻に籠り、髪を抜いた。

髪の毛を抜く時だけ心が落ち着いた。やめたくても、やめられなかった

髪を抜く、プチっという音と感触が快感になった。
その時間だけは、自分の存在を認められた。
その時間だけは、何も考えないでいられた。
その時間だけは、私が私でいられた。
そんな気がしてしまった。

しかし、すぐに禿げてきた。
母は心配してくれたが、世間体を気にしているだけだ。と思い込んで、当時の私は殻に閉じこもった。理由は話さなかった。
母は、髪は女の命なんだから大切にしなきゃと言った。

母の言葉は私の胸に刺さって抜けなかった。
髪を抜く行為が悪いこと、という認識はなんとなくあったが、やめられなかった。
だからこそ、周りに見えないように抜いていた。

そして、2年間の辛抱の末、中学受験をしてこの環境から脱出した。
それでも、抜毛行為は完全に治ることはなかった。

隠れるように生きなきゃいけない、と思ってた。その考えが、覆された

そんな時、私は美しい女性とインターネット上で出会った。
その女性は私と同じ抜毛症であったが、とても輝いていた。
彼女は髪の毛がなかったが、輝いて自信を持って写真の中にいた。
まるで、私は私なんだから!といってるように見えた。

抜毛症の自分は、隠れてないといけない。
抜毛症の自分は、目立ってはいけない。
それまでの私は、そう思い込んでいた。
この思い込みは、私を支配していた。
しかし、彼女はこの思い込みを全て破ってくれた。

『髪は女の命』ってよく言われるけど、
髪がなくても、輝いている女性がいる。
この事実が私を勇気づけてくれた。
私だって、大丈夫。私だって輝けるんだ。

『女の命は、自分で決めるもの』
そう、確信できた瞬間だった。