ひっ冷たい。
夜の0時、煙が巻く薄暗い店内で、膝を付き合わせるようにひしめく店内の片隅で、私は一口サイズの凍ったゼリーをひとつずつ自分の両胸の中へ詰めている。
よく考えたら、なんで私はこんなことしてるんだろう。お金をもらうだけなのに。
目の前の男達が食べるゼリーをわざわざ人肌で解凍しなければならないことの必然性は分からないけれど、此処ではこうする事が正解らしかった。

大学を卒業し、周りの友人達はみな就職に進んだ頃、私は大学院に進学したものの、研究にのめり込むあまりアルバイトも満足にできず、もがく様に苦しいお金のない日々を過ごしていた。
同級生と久しぶりに会えば、装身具や洋服に化粧品、ちょっとした物のランクが上がって美しくなった彼女たちの眩しさと自分を比べてしまい、いたたまれなかった。
研究の対象地は遠く、また通う頻度が高いため、家賃や生活費、支払いの他に月に一度ディズニーランドに行く程のまとまったお金が必要だった。

最小の時間で最大の効果を得るために行き着いたアルバイト

洋服が好きで続けていたアパレルのバイトは、シフトの融通が効かずとうに辞めていた。工場でスマートフォンのホームボタンをひたすら検品したり、選挙の出口調査をしたり、様々なアルバイトを一通り経験した頃。

ただ、興味のないことに触れる時間が長いと全く真面目に働けない事が分かってきた。
最小の時間で最大の効果を得るために、23歳になった自分の値打ちが分かりやすくお金に変わる内にと、興味本位で繁華街で働くことを視野に入れるのにそう時間はかからなかった。

登録したのは、その日毎にラウンジやクラブと言ったお店へ派遣されるホステス業だった。贔屓に何度も呼んでくれるママの店は、次第にやらなければいけないことが増えていた。
私は特別美人ではなかったけれど、肌が白い。歯並びが良い。えくぼがある。胸が大きい。これだけで、大した話術がなくてもお客さんがついた。

お酒をつくる時、灰皿を交換する時。グラスの水滴をそっと拭う時。カラオケのデンモクに曲を入れるとき。
胸が揺れ、その度に目の前の男の視線や意識が纏わりつくのを感じていた。

自分でも驚いた。そうした視線は嬉しかったのだ。
大学では知を探求し、論文を書く日々。男も女も取り払われ、ひたすらに「お前の見つけた仮説は、新規性はなんだ?」と問われる日常。
いつの間にか何処かに置いてけぼりになった性が目を覚ますような心地だった。

男達の視線がある間だけは、女になれた気がした

のめり込むように、平日の夜の数時間は普段と違う化粧とドレスに知らない名前をぶら下げて、錦へ出掛けた。男達の視線がある間だけは、私は女になれた気がした。
決して一線は超えないけれど、雄と雌の駆け引きをする時間。そしてそれが茶色い封筒に入ったお金に置き換えられて受け取る時には、異様に虚しくなるのだった。 

ある日、長らく憧れていた人と遠く離れた街で会えることになった。
温泉に美味しいご飯と素敵な宿。
食事が済んだら、何が始まるのかは何処となく分かっていたとも思う。
その晩、私の身体は生理がきていた。
暗闇で抱きしめられ、次第に弄られる内に「あぁ、この人もか…」とからだが冷えていくような虚しさを抱きながら、求められることにどこか嬉しく拒むことが出来なかった。痛みに耐えながら終わったとき、彼に対してあれ程にも抱いていた感情は跡形もなく消えてしまったことに気がついた。
どうやら無理矢理に身体を開かれると、今度は心が閉じてしまうらしかった。

目の前の相手に求められるままに自分を差し出すことで得られる、一瞬の肯定感。
ぶつけられる欲望をそのままに受け取ってしまう性。私の身体は本当に私のものだと言えるだろうか?わからない、わからない。
けれど、このからだを通り過ぎていった記憶は消えない。ガラスのように硬く冷たいまま。