高校を卒業したあたりからめっきり本を読まなくなってしまった私が久しぶりに読書という読書をしたのは去年の11月、北海道でのことだった。社会人1年目でありながら生意気にもGo toでワーケーションをとり、ソーシャルホテルに1週間滞在していた。

きゅっと心臓をつかまれた気持ちに。去年お別れした恋人を思い出した。

本棚を見渡してなぜか目が留まったのは、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』。ホテル自家製のホットジンジャーをちびちびと飲みながら、フロムさんちょっと古臭い考えだなあなんて斜に構えて本を読んでしまうのは私の悪い癖だろうか。

そんなことを思いながらもぱらぱらと読み進めると、あるページできゅっと心臓をつかまれたような気持ちになった。「誰かにあなたを愛しているということができるなら、あなたを通して、全ての人を、世界を、私自身を愛していると言えるはずだ」

去年お別れした恋人のことを思い出した。その人といる時間はとても不思議で、心が弾んで、あたたかくて、幸せのようなものを感じる場面が多くあった。同時に人生の大きな軸となる価値観に共感できず、合わないのに合わせようとしている自分を徐々に嫌いになっていた。あなたを愛していると口にしながらも、あなたを通して全ての人や世界、何より私自身を愛しているとは到底言えない状態にあった。

2年間かけて時間と気持ちをたくさん使った人。写真を消しても記憶は消えるわけがなく、別れてしばらくは、自分の人生の一部が欠けてしまったみたいだった。何度も泣いて、何度か後悔した。

初めての一人暮らし。大好きな場所と人に囲まれて。

春から就職を機に一人暮らしを始めると、忙しさと新鮮味あふれる生活がゆっくりと心を満たしていった。近くのアンティーク家具屋さんで見つけた猫脚の木製テーブルと、ずっと憧れていた老舗ブランドの深緑のソファを置くと、初めての私だけの空間が完成。部屋の中にいるのに深呼吸をしたくなる、そんな大好きな場所ができた。少し散歩するだけで出会える、マスク越しにもバターの甘い香りが届くケーキ屋さんや、ショーウィンドウでコットンパールが揺れるアクセサリー屋さんも私の心をときめかせてくれた。

初めての一人暮らしではあるけれど、周りには好きな人たちがたくさんいる。出会ったばかりなのに気の合う会社の同期と古めかしい純喫茶を巡っては、ふわふわのウィンナーコーヒーを飲みながらいつか叶えたいキャリアの話に花を咲かせる。たまたま近所の会社に就職した大学からの友達とは、週末ミニシアターでコメディ映画を見て、家で思い出し笑い必須の振り返り会まで開催。退屈する暇を見つける方が難しいぐらいの毎日になった。

誰かを愛するのも素敵だけど、今の生活と私を、とびっきり愛している。

あの人と付き合っていた時、本当は綺麗目の服が好きだったのに、似合うと言われたカジュアル系の服を着ていた。こだわりのあるお店に足を運ぶことに喜びを感じていたのに、コスパ最強と豪語するのに合わせてチェーン店ばかりに行った。大したことじゃないちょっとした無理を重ねて、私はあなたのことも私のことも愛せていなかったのだろう。

好きな空間、好きな時間の過ごし方、好きな人たちに囲まれた今の生活と、今の私を、私はとびっきり愛している。誰かを愛することもとても素敵なことだけれど、まずは私が私自身を愛するということを大事にしたい。そんなことを考えながら、ホットジンジャーの辛さと甘さの混じった最後の一口をゆっくりと飲み込んだ。