3年前の私へ

もう大好きって言っていいですよ。
あなたの大好きな人はもうあなたが大好きと言っても傷つけられません。
もうハグしてって言っていいですよ。「気持ち悪い汚染される」という人はもうどこにもいません。今やあなたは自由なのです。誰を好きになっても、誰に好きと言っても

今の私はやっと私にそう言えるようになりました。

どうしようもなく耐えられず、周りの愛を受けとることを拒絶しました

私は好きの伝え方がまだすこし苦手です。だから熱量や伝え方を間違って、すこし相手を圧倒したり、好きが返ってくるまで時差があったり、誤解されて距離を取られることがあります。

けれどいまや私の「好き」はだいたい「好き」になって返ってきます。
それが嬉しくて嬉しくてしょうがないです。

むかし私がいじめられていた時、私に対して優しくしてくれたり、仲良くしてくれた人はことごとく傷つけられましたね。私はあれがどうしようもなく耐えられなくて、周りに冷たく接するようになりましたね。

周りの愛を受けとることを拒絶しました。だってその愛を受け取ったらその愛をくれた人が泣くから。

けどもうそんなことないんです。私に愛をくれる人はみんな私が愛を受け取ってくれない、と悲しみます。だから私は不器用ながらも何とかその愛を受け取ることができるようになってきました。人に愛を与えることだって覚え始めました。おっかなびっくりですけど。そんな愛を与えてくれて、私が愛を与えたいと思う素敵な人たちが周りに沢山沢山できました。

あなたは「助けて」が言えないです。それもあなたが辛い原因です

今はたぶん毎日キッチンで包丁を首元に突き立ててる日々だと思いますが、あなたはなにも悪くないです。駆け寄ってぎゅーしてあげたいです。ほんとうにほんとうにあなたは何も悪くないんです。頑張る必要なんて一切なくて、だから本当は誰にも傷つけられずにずっとベットの上で休んでいられる環境をあなたにあげたいです。

あなたは「助けて」が言えないです。ほんとうはそれもあなたが辛い原因です。けどあなたにそれを言ってもあなたは壮絶な目で私を睨むでしょう。わかります。だってあなたは私だから。あと正直今の私もまだあんまり「助けて」って言えません。

死ねないですよね私。どうしても。じゃあ生きましょうか。
ってあなたは今繰り返し繰り返し唱えていることと思います。
なので私はあなたが死なないことを知っています。だからあなたがほっと出来ますようにっていう念だけおくっておきます。大丈夫です。あなたは私なので。私はあなたが乗り越えられることを知っています。

今、私自身が幸せになれば私も周りも幸せになると信じて歩んでいます

どうかお元気で。一分一秒が辛くて、息を一呼吸するあいだ生きていることに絶望することを繰り返し繰り返しして辛うじて生きていることは知っています。つらいのめっちゃわかります。めっちゃ辛いです。一寸先見えないですよね。頭の中は昔消化できなかった辛かったことと悲しかったことの借金がいっぱいであっぷあっぷしちゃって現実の世界なんてまるで見えなくて。だけどその現実の社会は何も出来ない私を責めたて、怒鳴り込んできて、私は余計に縮み上がって何も出来なくなっちゃいます。けれど傷つけられすぎちゃったせいで相手を傷つけることが嫌な私はただひたすら耐え忍ぶ道を選びました。

どうしたらいいんでしょうね? もう耐え忍ぶなんて嫌です。幸せになりたいです。でも誰かを傷つけながら人生を歩んでいくなんてもっとごめんです。それは私を苦しめ続けたものに私もなるということですから。そして今の私は私自身がとってもとっても幸せになれば私も周りも幸せになると信じて歩んでいます。

けれどそれはとても難しいです。正直病んでる時はそれがあってるのかもわかんなくなります。あってるんでしょうか?
あと自分のことなんて一切顧みないで、できるだけみんなに優しくすることが癖づき過ぎちゃって気づいたら私のエネルギーは私ではなく他の人に向かってます。
私は今気づいたら
「周りの人はどうしたら喜ぶかな」
「どうしたら仲良くしてくれるかな」とかふと考えちゃっています。
でもあなたが
「周りの人はどうしたら私をきにいってくれるかな」
「どうしたら私を傷つけないでくれるかな」
なんてことを四六時中考えていましたことを思えば私も成長したとは感じます。

けれどそれで私は私のエネルギーが枯渇してやっぱりベッドの上で横たわっています。前と何も変わらない。そう思って絶望します。辛いです。

うん。今でも辛い時はちゃんと辛いです。けど前には進んでます。

こっちはこんな感じです。以上です。

今の私より