いつまで経っても変われない、暗くて無口ないじめられっ子。
泣き虫で他人のことまで考えられない自己中心的な性格。
私はそんな自分が大嫌いだった。
『いじめやすい』というレッテルを貼られた私への更なる追い討ちが、統合失調症という精神障害を持たされたことだ。
幻聴は私の人生をどん底という名の深海へと誘い、私は陸を知らない深海魚になった。

そんな自分が、深海から抜け出すきっかけがあった。
まるで宇宙(そら)を泳いで、有人の未知なるの惑星に飛び込んでいったように。
私にとってその有人の未知なる惑星とは、障害者向けの作業所だった。
そこで出会ったある3人のひとことが、その後の私の考え方と人との巡り合わせを変えたのである。

入所したての頃は、作業内容や人間関係など全てに対して馴染めなかった。
挨拶などの必要最低限の会話を交わすだけで、世間話の輪には入れなかった。

きっと『親しくなる』ということを自分から避けていたのだろう。
全ては過去から作られた偽りの固定観念だということを知らずに。

そんな固定観念を覆した出来事は突然訪れる。
ある日、作業所での休憩中に作業所の職員のひとことが私を変えた。

「あなたは簿記の資格を高校で取ってるし、パソコンも得意みたいだから、障害者の訓練校に行ってみたら?」

訓練校に入校するには筆記試験と面接を受けなければなかった。
高校受験レベルの筆記試験とはいえ、数学などの勉強したのは10年以上前。
ブランクがあるけど、私は問題集を買って作業所の休憩時間などを使って必死に勉強した。

すると、利用者の反応は少しずつ変わっていった。
応援してくれる人もいれば、一緒に問題を解いてくれる人もいる。
私は、そんな彼らの優しさと協調性に初めて触れた。

人を楽しませる、喜ばせる言葉を無口だった私が考え始めた

訓練校の試験勉強をしている中、委託され仕上げた商品を別の職員と2人で車で納品に行ったときの彼のひとことがまた、私を更に変えた。

「冗談を言うなら俺より上をいけ! もっと面白い冗談を君なら言える!」

それから私は冗談という垣根を超えて、人を喜ばせる言葉や楽しませるひとことを常に考え、言うようになった。
すると、今まで話しかけてくれなかった人や私を警戒していた子が寄ってくるようになっていった。1人で寂しく弁当を食べている人がいれば空いている自分の向かいの席に誘い、その人とも気軽に話せるようになった。
また、困っている利用者を手助けしたり、作業の遅れを取り戻す為にを手伝ったりと、積極的に気を配るように心がけた。
さまざまな利用者と親しくなり、作業所を去る当日に利用者のある子から手紙を頂いた。

「あなたの優しさに私も他の人も救われた」

初めて言われたそのひとことに、私は強い自信を持つことが出来た。
何故なら、無口で他人のことなど考えられる余裕さえなかった私。
温かみのある優しい字で書かれたその手紙は、自分が変われたことを教えてくれた。

何げない言葉には人を支え、変える力があることを知った

今振り返ってみれば、自分にとっては何気ないことでも、その人にとっては大きな支えになったのだと思う。

私は昨年の4月に無事入校し、今現在は訓練校に通いながら簿記やパソコンの検定の合格を目指して、就職活動も積極的に励んでいる。

私を鎖と重りでつなぎ、深海魚に変えた幻聴は、今ではあまり聞こえなくなった。
人魚姫は、言葉と引き換えに新しい姿を手に入れた。
私は言葉によって生まれ変わり、ひとりの人間として海から陸へ戻ることができた。