まわりは同棲、結婚、妊娠、出産と話題に事欠かない。
けれど、わたしには結婚願望があまりなかった。
そのうち誰か気の合う人と出会えば結婚するか、そうでないなら一人で生きていくのもいいと思っていた。
生涯独身を選んだって、それは自分の選択だから。自分の選択なら自分で責任を取れる。

元々バイだった。女性と付き合いたいと思ったのは彼女が初めてだった

一年ほどまえに彼女に出会った。
少しずつ彼女と仲良くなり、誠実な人柄と素直に好意を伝えるところに惹かれていった。わたしが抱いているのが恋愛感情だと気づいたのは、知り合って数ヶ月経ったころだ。
わたしは元々バイだったのだけれど、女性と付き合いたいと思ったのは彼女が初めてだった。

恋はきれいなばかりではない。
恋愛感情が育つにつれ、いつしか仄暗い独占欲が腹の底に渦巻くようになった。彼女に恋人を作って欲しくない。他の人とセックスしてほしくない。彼女に結婚して欲しくない。到底口にできない言葉が浮かんでは消えていく。私を一番にしてくれればいいのにと思って、でも言えなかった。

「わたしを恋人にしてほしい」
そう思ったとき、第一に考えたのは「結婚」のことだった。
まわりは同棲、結婚、妊娠、出産と話題に事欠かない。当然、パートナーは男性だ。
いい人と出会って、交際して、結婚する。他のみんなが歩いている道だ。

彼女の未来から幸せな結婚を奪ってしまうなんて、と考えると

アラサーで同性を好きになる重さを考える。
たとえば告白がうまくいって、彼女と付き合ったとして。
その時点でわたしたちは「結婚」を諦めることになる。
28歳。いい年齢なのはわたしが一番よく分かっていた。

こんな年齢で女の子と付き合っている「暇はない」。
わたしの我が儘で彼女の足を止めさせるわけにはいかない。
わたしたちはどちらも誰か別の男性と、結婚を視野に入れた交際をするべきだった。多分そうするのが一番「安全」な道だった。

これまで、自分が「結婚しない」という選択は考えてきた。それでいいと思っていた。自分で責任が取れるから。
でも、彼女からその選択肢を奪うのは?
彼女の未来から幸せな結婚を奪ってしまうなんて、彼女の親にも彼女自身にも申し訳ない。

彼女から結婚適齢期の自由を奪って、私は責任を取れるのだろうか?
それにわたしは彼女に「しあわせ」になってほしかった。
わたしが好きになるくらい、彼女は魅力的な人だから。
普通の結婚をして普通に子どもを産んで「幸せになるべき」なのかもしれない。

そういう葛藤を自分の中に抱えて悶々とするうち、気づけば四季が一巡していた。
ある日ふとネットニュースが目にとまる。
県内で同性同士の結婚式を行ったというニュースだった。

ここは雪深い田舎だ。まだ家制度に固執した古い価値観の人が多い。
そんな中で、女性同士で結婚式を挙げた人がいる――。
私はニュース記事を読み込んだ。なにか、目の前が開けたような気がした。

自分を縛っていたものが分かった。「普通の結婚」の道を捨てた

もしわたしと彼女が、このカップルのように。
パートナーシップ宣言をして、ちいさな結婚式を挙げて、同じ家に住んだら。手に入る本質は男女の結婚と一緒ではないだろうか。
このニュースの彼女たちは、「普通にしあわせ」なんじゃないだろうか。

そこで、自分を縛っていたものがなんなのか分かった気がした。
「男女の結婚」こそが幸せで、それ以外は不幸せなのだと決めつけていたのはわたしの方なのかもしれない。

「普通の結婚」はできないけれど、わたしたちも「普通にしあわせ」になれるかもしれない。
わたしたちが付き合うのは、そこまで不幸なことでもないのかもしれない。
そう思った。

それから少しして、わたしは、彼女に告白した。
28歳でふたり、「普通の結婚」の道を捨てた。
お互いに勇気のいる選択だった。
わたしは、この先に「普通にしあわせ」な日々があることを祈っている。